WHOが緊急事態宣言をしているサル痘が、日本にも入ってきました。まだ今は輸入症例レベルですが、国内でのヒトヒト感染が発生するのも、そう遠くないことかもしれません。
1. サル痘
サル痘はポックスウイルス科オルソポックスウイルス属に属する二本鎖DNAウイルスであるサル痘ウイルス(Monkeypox virus:MPV)の感染により生じる人畜共通感染症です。
人畜共通感染症(zoonosis)というのは「脊椎動物とヒトとの間で自然に移行する病気や感染」のことです。狂犬病、ペスト、マールブルグ病、鳥インフルエンザ、ツツガムシ病、ウエストナイル熱、Q熱、エキノコックス症、オウム病、ライム熱、ラッサ熱、レプトスピラ症、ブルセラ症、ニパウイルス感染症、日本脳炎、黄熱、回帰熱、カンピロバクター感染症、ヒストプラスマ症、クリプトスポリジウム症などが代表的な人畜共通感染症です。
1958年にポリオワクチン製造のために世界各国から霊長類が集められたコペンハーゲンの研究施設でシンガポールのカニクイザルから発見されたためサル痘と言われていますが、本来の自然宿主はウサギなどのげっ歯類と考えられています。
ヒト-ヒトの接触感染の他、げっ歯類やサルによる咬傷や加熱不十分な肉の摂取や取り扱いから感染することも知られています。
低温や乾燥には強くエーテル耐性もある反面、エンベロープをもつウイルスのため、アルコール、ホルマリン、紫外線で容易に不活化されます。また、DNAウイルスのため変異のスピードはあまり早くはありません。
ヒトに感染すると、7~21日の潜伏期間の後、顔面や手足の末端に発疹が発生します。この発疹は時間の経過とともに水疱から膿疱→痂皮となります。この他、発熱、倦怠感、頭痛、筋肉痛、リンパ節腫瘍などの症状を呈して、発症後2~4週間で改善します。死亡率は1~10%とされています。
また、サル痘は種痘(天然痘ワクチン)で予防できることがわかっています。
2. 天然痘
天然痘(smallpox)はオルソポックスウイルス属の天然痘ウイルス(Variola virus:Smallpox virus)により生じる感染症で、非常に感染力が強く死亡率は30%にも及びます。世界的なワクチン接種により、ソマリアで1977年に発生したのを最後に、これ以降は発生しておらず、1980年にはWHOから世界的ルーチン接種の中止が勧告されています。米国では1972年、日本では1976年を最後に予防接種は中止されています。天然痘ウイルスは自然環境では2日を超えて生存できないうえにヒトにしか感染できない(人畜共通感染症ではない)ため、WHOは自然感染の根絶を宣言しています。
天然痘には強毒株である大痘瘡(古典的天然痘)と、弱毒株である小痘瘡(alastrim)の2つのウイルス株が知られています。感染経路は吸入が主ですが、直接接触でも感染します。発病率はワクチン未接種者では85%と高く、1例の一次症例から4~10例もの二次症例が発生します。このため、患者隔離が非常に重要です。
大痘瘡の潜伏期間は10~12日で、前駆症状として発熱、頭痛、背部痛、極度の倦怠感が2~3日続いた後に丘疹状の病変が中咽頭、顔面、腕部に出現し、その後、体幹、下肢に拡大します。丘疹は水疱から丸くて緊満した膿疱へと変化します。1つの部位内にある病変の段階は均一であることが水痘との大きな違いです。8~9日後には膿疱は痂皮化しますが、典型的には重度の瘢痕を残します。
天然痘根絶後、世界各地で研究用として保管されていた天然痘ウイルスはWHOの廃棄処分決議により1980年頃までに廃棄され、残りは米露の2つの研究所に送られました。しかし、米露2国は「生物テロ対策研究用」として廃棄に反対し、現在も保有を続けています。旧ソ連の崩壊によってロシア共和国に保存されていた大量の天然痘ウイルスは80年代後半から90年代初めにかけて科学者と共に他国に散逸しています。
3. 種痘
天然痘は英国の開業医ジェンナーにより1796年による種痘開始から180年後の1977年に地球上から消滅しました。日本では1956年以降患者発生は見られず、1976年を最後に種痘(痘瘡ワクチン)の定期接種は廃止されました。
種痘は天然痘ウイルスを弱毒化して作る弱毒化生ワクチンです。1960年代当時にはLister株(主にヨーロッパ)、NYBH株(主に米国)、池田株(日本)等6種類ほどの牛皮型ワクチン株が使用されていましたが、副反応が強く、特に種痘後脳炎という神経合併症が社会問題となりました。種痘後脳炎は100万初種痘当たり20人前後、死亡率は6人程度でした。
このため、日本の千葉県血清研究所ではLister株を基にして、高温では増殖しない安全性に優れた乾燥細胞培養弱毒痘瘡ワクチン「LC16チバ(LC16m8)」を1975年に開発しています。
2001年9月11日の米国テロを受けて、米国はテロ対策として従来型の牛皮型ワクチン4000万人分を確保しました。日本でも同年にワクチン製造を復活させ、「LC16m8」ワクチン250万人分の国内備蓄を開始しました。その後2005年に厚生労働省は天然痘ワクチン5600万人分の国家備蓄事業を開始しています。
実は千葉血清研究所は2002年に閉鎖されたため、その技術は熊本県にある化血研(化学及血清療法研究所:現KMバイオロジクス)に移管され、米国FDAの助言も受けて最新の製造設備を建設しています。年間製造量はテロ対策のため秘密となっています。
工業的に大量生産ができるmRNAワクチンとは異なり、製造のためには細胞培養施設を含む特別な施設を必要とすることから年間可能製造量は数100万人分程度と推測されます。欧米各国(米独仏露伯)や中国も国家備蓄用の製造設備はもっているものの、使用するウイルス株が異なることなどから、コロナのワクチンのように世界中に行きわたる量を一気に作ることは困難です。
ところで、初種痘後の年数と推定防御効果の世界的調査では、1年で99.9%、3年で99.5%、10年で87.5%、20年で50.0%、20年以上では推定不能と報告されています。
2003年に日本で行われた調査では、種痘中止世代である当時27歳以下(現在の46歳以下)の抗体保有率は0%でした。これ以上の年齢で種痘を受けたことがある年齢の人の抗体保有率はバラツキが大きく、種痘世代の80%は4倍以上の抗体価をもっており、26.5%では32倍以上の抗体価を保有していましたが、20%は抗体陰性でした。この調査からさらに20年近くが経過しているため、現在の抗体保有率はさらに低下していると考えられます。
天然痘の治療薬は2018年に実験的研究に基づいてFDAで承認されたテコビリマットの他、シドホビルや治験中のブリンシドフォビルという抗ウイルス薬がありますが、いずれも日本では未承認です。