今回はストレスのお話です。
ストレスは、もともとは物理学の言葉で、外部からの刺激に対する力(応力)をさしていました。アメリカの生物学者ウォルター・B・キャノンが生理学に応用し、カナダの医学者のハンス・セリエがさらに研究を進めて「ストレス学説」を唱えたのが、今の「ストレス」の始まりといわれています。
今では外部からの刺激などによって体の内部に生じる反応のことを「ストレス」ということが一般的ですが、その原因となる外的刺激(ストレッサー)とそれに対する私たちの心身の反応(ストレス反応)とを合わせてストレスと呼ばれることもあります。
ここでは、
ストレッサー(出来事):人間関係の問題や残業が多いなどのストレスの原因となる外的要因
ストレス反応:おなかが痛い、頭が痛い、やる気が出ないなど、自分におきる「こころ」と「からだ」の反応
ストレス:ストレッサーとストレス反応を合わせたもの
というように言葉を使い分けることにします。
でも同じような出来事でもストレス反応が出やすい人と出にくい人がいます。
ストレッサーを受けた時にストレス反応を軽減するのが上手な人は
1)上手にリラックスできる
2)ストレッサーを上手にやりくりできる
3)ストレスを強めてしまう考えを切り替えることができる
というようなコツを持っていることが多いですね。
完璧主義やネガティブシンキング(自己否定や人間不信)はストレス反応を強めてしまいます。
ところで、ストレスコーピングという言葉を聞いたことはありませんか?ストレスコーピングは耳慣れない言葉かもしれませんが、ストレス対処法のことで、 ストレスを軽減するための方法やスキルを表しています。 それに対し、ストレスマネジメントはストレス管理のことで、心身を良好に保つために適切な処理をすることを表します。ストレスコーピングはストレスマネジメントの1つの方法です。
ストレッサーとなる出来事があると、人はその出来事を心の中で評価します。
まず最初に「それがどれくらい自分にとって害をもたらすか、脅威となるのか」という評価(第一次的評価)が行われます。この段階では、不安、抑うつ、怒り、イライラなどのネガティブな情動が喚起されます。
次いで、そのストレッサーに対して「ストレスを軽減する方向でコントロールできるかどうか」という対処可能性の評価(第二次評価)が行われます。
私たちがストレッサーに直面すると、過去の経験や自分の能力・価値観などをもとに、ストレッサーの種類、強さの程度、解決の難しさなどを評価・認知して、解決の困難性が高い、と判断すると心理的な負担を感じてストレス反応を引き起こします。
その際に、私たちはストレス反応を軽減するために、ストレッサーを解決しよう、とか、心理的な負担感を減らすための行動をとります。それがストレスコーピング(ストレス対処行動)です。
ストレスコーピングには大きく5つの型があることが知られています。
1)問題焦点型コーピング
問題を解決するように努力したり、担当替えや配置転換などの回避行動をとることで問題を解決しようとするものです。
2)情動焦点型コーピング
親族の死のように解決方法の無いような事象の場合にとる行動です。
人に話して感情を発散させることで対応しようとする感情発散型と、
自分の心の中に押し込めて抑圧する感情抑圧型の2つの種類があります。
3)認知的再評価型コーピング
見方や発想を変えて前向きにとらえなおしたり、距離を置くなど認知の方法を再検討して
新しい適応方法を探す行動です。
ポジティブシンキングや前向き思考ともいわれます。
4)社会的支援探索(または要請)型コーピング
上司や同僚、家族、友人などに相談したりアドバイスを求めたりする適応方法です。
問題解決の方法を探索すると問題焦点型コーピングにつながりますし、
慰めたり励ましてもらったりすると感情焦点型につながります。
5)気晴らし型コーピング
運動、趣味、レジャー、旅行など、気分転換、リフレッシュなどと言われる、いわゆるストレス解消法の事です。
最近では人間関係の希薄化や友人関係の少なさなどの社会変化を反映して、情動焦点型コーピングの行動がとりづらくなっており、問題焦点型コーピングを取らざるを得ない状況に陥っていることが多くなっています。
ストレスコーピングは1つの方法だけを選ぶものではなく、いろいろな方法を組み合わせるようにすることが重要です。
…とはいうものの、ストレスが加わっている状態では、私たちの「物事に対する認識の仕方」つまり、認知の状態がゆがみます。
私たちは「出来事を主観的にとらえている」ので強いストレスを受けるなど、特別な状況では判断が狂ってきます。ストレスを受けている状態では私たちの考え方は、正しい道筋を通ることができなくなるのです。
「人間の認知は人間の気分によって大きく影響を受ける」ので、物事を判断する客観的な方法を訓練しておくことも大切です。
認知過程の修正のためには、次の3つのステップを使うことが有効です。
1)根拠をさがす - そう考える根拠はどこにあるのか?
気持ちが動揺したときに考えていたことを丁寧に見直してみます。
それを裏付ける事実は何か、逆の事実はないのだろうか?と考えることで、視野を広げることができます。
2)結果について考える - だからどうなる?
どうしても自分の判断が正しい、としか思えないような場合には、結果について再検討します。
それが起きたとしてどんなひどいことが起きるのだろうか?そして、それはどのぐらい重要なことなだのろうか?
ということをいろいろな視点から考えてみることです。
3)代わりの考えを探す - 別の考え方はないのか?
全く新しい方法や考え方はないのだろうか、と考えてみます。
この、視点・視野を変える、というのはとても大切な方法です。
一人で考え込むのではなく、何か問題が起きたときに「議論(ディスカッション)をして新しい視点を見つける」というのは非常に有用な方法なのですが、日本では討論(ディベート)のことをディスカッションと誤解していたり、相手を言い負かすことや説得することをディスカッションだと思っている人が多いように思います。
ディベートは「賛成か反対か」のように「異なる意見を戦わせて、どちらかを選ぶ」ための方法です。場合によっては立場を変えて意見を戦わせてみることもあります。そうすることによって相手の視点から物を見ることができるようになります。
これに対してディスカッションは「さまざまな意見を出し合い、解決などに向かって新しい方法を探し出す」ための方法です。既存の視点だけではなく、全く新しい視点からの解決法を探ることもできる方法です。
例えば、夫がお小遣いを1万円増やして欲しい、妻が生活費を1万円増やして欲しい、と言っている、とします。
パワーポイントを作って「自分のお小遣いを増やして欲しい10の理由」を作って妻を説得するのも「5000円ずつで手を打とう」という手打ちをするのも、いずれも「相手を説得」して相いるだけで、相手の意見を引いてもらっている、つまりは相手に負けてもらっているだけです。
相手の論理の弱いところを責めたてて、相手を「論破」した気になって自分の意見を押し通す、というのも最近多いですが、こういうのは議論でも討論でもなく、ただ自分の意見を言って自己満足に浸っているだけです。ただ自分の意見を通すためだけの独りよがりの行動で問題解決にはつながりません。
ディスカッションというのは、二人とも1万円ずつ手に入れる方法はないか、なにか削れるところはないか、本当に1万円必要なのか、など新しい発想で考えていくための意見を出すことです。
ストレスの状態で認知がゆがんでいるときに正しいディスカッションができる人はとても少ないのです。また、ディベートの世界に自ら落ち込んでいくとネガティブな考え方にとらわれることが多いので気を付けましょう。
さて、これらストレスマネジメントやストレスコーピングは、「起きてしまったストレスに対処する方法」なので受け身の方法 Reactive Copingといいます。
これに対して、ストレッサーを事故に対する脅威、害、喪失ととらえるのではなく、「挑戦」と受け止めて「自己成長の機会」と考えよう、という考え方があり、これをProactive Copingといいます。
従来のリアクティブ(受身的)なストレスコーピングの考え方はリスクマネジメント的な考え方であるのに対し、プロアクティブ(能動的)なストレスコーピングの考え方は目標志向型のゴールマネジメントの方法の1つとなります。
プロアクティブを日本語にすると「前向き」という訳を充てるのが妥当だとは思うのですが、「前向き」という言葉には「悪いことでも良いように考えよう」というようなポジティブシンキング的意味が含まれていることが多いので、ここではあえて「能動的」という訳語を当てています。
「自主的な脅威の評価」と「自主的な目標の達成」が、プロアクティブ・コーピングの核です。ストレスを受けてから対処(コーピング)するのではなく、将来ストレスをもたらしそうな何かを考え、積極的に予防していくイメージです。
プロアクティブコーピングは日本ではあまり紹介されていないのですが、とても戦略的かつ有効な方法なので、また別の機会にお話しすることにしましょう。