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美容医療:GLP-1ダイエットの危険性

美容医療:GLP-1ダイエットの危険性

さて、最近話題のGLP-1ダイエットについて、こんな記事が載っていました。

ダイエット利用はやめて~糖尿病治療薬の目的外使用(日本医師会 今村聡副会長)~|医療ニュース トピックス|時事メディカル|時事通信の医療ニュースサイト (jiji.com)

美容領域ではGLP-1受容体作動薬やヒルドイドをはじめとして、いろいろな薬が「適応外使用」されています。GLP-1ダイエットを広告しているサイトも多く見かけますし、当クリニックでも時々GLP-1ダイエットについてのご相談を頂きます。

ちなみに私は美容領域では有名なボトックス(ボツリヌス毒素)の日本の開発責任者でした。ボトックスの開発元である米国アラガン社さえうまくいかなかった適応症の治験も成功させてきました。

さて、「適応外使用」というのは、「薬事承認されていない効能・効果、あるいは用法・用量で使用すること」です。医薬品は各国の規制当局が薬事承認をすることで、その国で使用することができるようになります。薬事承認というのは、規制当局が臨床試験などのデータをもとに有効性・安全性を評価して、「その国の医療環境下で安全かつ有効に使用できるかどうか?」を判断することです。適応外使用というのは、「薬事承認を得ていない薬の使い方」ですから、有効性(利益)と安全性(危険性)を正しく判断することができていないもの、ということになります。

日本ではGLP-1受容体作動薬は2型糖尿病の適応症で承認されていますが、「肥満」や「体重減少目的での使用」については承認されていないので、「適応外使用」ということになります。

「日本ではなぜ肥満の適応症を取っていないのか?」というと、「日本では製薬会社が承認申請をしていないから」です。では「なぜ日本では承認申請をしないのか?」というと、「日本では臨床試験をやっていないから」です。

日本での抗肥満薬の開発は、1973年に開発されて、1992年に国内で発売された「マジンドール(商品名:サノレックス)」という薬が始まりです。脳の中には、「視床下部」という摂食行動を制御している部位の働きを鈍らせて満腹感を感じやすくなり、食欲を抑制して痩せる、という薬です。ただ、この薬、作用機序がアンフェタミンという覚せい剤の働きとよく似ていることから気軽に使える薬ではありません。添付文書では「食事療法や運動療法が効果不十分な肥満度が+70%以上またはBMIが35以上の方」、つまり「肥満度3以上の方」が適応になっています。

BMI35以上というと、身長160㎝の方で体重95kg以上、身長170㎝の方だと体重102kg以上ですから、日本人としては少々の肥満ではないことがわかります。

この後、武田薬品が2013年にセチリスタット(商品名:オブリーン)という薬剤の開発をして承認をとるところまでこぎつけました。この薬はすい臓から分泌されるリパーゼという酵素を阻害して、脂質の吸収を抑制する薬でしたので、食欲中枢には作用しないので精神・神経系への影響はありませんでしたが、下痢や脂肪便の副作用がありました。同類の薬として欧米ではオルリスタット(商品名:Alli、iXenical)という薬が販売されていたので、米国滞在中に試しに飲んでみたことがあるのですが、「肛門から臭い油が漏れ出てくる」し、「便は臭い油の混じった水様下痢になる」しで、ひどい目にあいました。

日本では体重減少効果が2%しかないことや、心臓血管系の抑制作用がないことなどで「承認はしたけれども、保険では使えない」という状態になり、結局発売されないまま2018年に承認取り消しになっています。

日本で抗肥満薬の開発をするのは結構難しいのです…というのも、肥満の程度が外国と日本では大きく違うからです。BMI30(肥満度2以上)は、身長160㎝で体重77㎏以上、身長170㎝で体重87㎏以上の方々なのですが、米国では38.2%もいるこのBMI30以上の肥満者は日本では、全体でも4.5%(男性5.4%、女性3.6%)しかいません。抗肥満薬の主な治療対象であるBMI35以上に至っては0.5%しかいないのです。米国と比べただけではなく、OECD加盟国の肥満者割合は19.5%ですから、世界的に見ても日本は「肥満者の少ない国」なのです。

海外では肥満治療の適応を持っているGLP-1製剤もいくつかあるにはあるのですが、海外で行われた肥満治療の治験でも対象患者はBMI35以上(いくつかは30以上)が対象であることがほとんどで、BMI25以上の肥満度1のレベルのデータはほとんど存在しません。

例えば、リラグルチドというGLP-1製剤で54週間投与で8.4±7.3kgの体重減少を確認した海外試験があるのですが、この試験の参加者の平均体重は106.2±21.4kgです。BMIは38.3±6.4ですから、最大でも日本では人口の0.5%ほどしかいない体重の被検者になります。体重減少率も、事前の体重がこれだけあるので大きい値がでていますが、肥満度1の程度では相対的に筋肉量が増えますので5%も減少しないはずです(しかも1年かけて…です)。肥満度1、BMI25程度(身長160㎝で体重64㎏、身長170㎝で体重73㎏ぐらい)の人であれば1~2%体重が減るかどうか、重量にして0.3~1.0㎏程度減るかどうかです。この程度の変化では少数例の臨床試験で検出することは困難ですから必要症例数は1000例単位になりますし、糖代謝に与える影響などを見るために長期の安全性データも必要です。

海外と日本では肥満分布が異なりますから、「BMI35程度の人が海外データを参考にしてGLP-1ダイエットをする」というのは医学的管理の下であればありかもしれませんが、おそらくそのレベルの体重の日本人の多くは糖代謝異常をもっているはずです。そうであれば、適応外使用をするまでもなく、糖尿病の治療をすればいいだけです。

米国FDAが肥満症を適応症として承認しているGLP-1製剤としては、Saxenda(サクセンダ)という薬がありますが、適応は「BMI 30以上の方で、食事療法と運動療法で体重管理を実行している方」ですので、BMI 30未満の人には適応がありません。またSaxendaは国内で承認されていないどころか、国内で輸入承認を持っている製薬会社は存在しないので、医師の責任による個人輸入となります。医師の個人輸入の場合、医薬品被害救済制度の対象外になりますから、副作用被害の賠償責任は輸入をした医師にあります。医師の多くは賠償責任保険に入っていると思いますが、個人輸入の美容医薬品はこの保険の対象外です。つまり、副作用被害に対して十分な補償ができない可能性が高いのです。

また、国内に輸入承認をもった製薬会社がない、ということは、副作用データなどの集積が行われない、ということを意味します。製薬会社は多くの手間をかけて副作用データを集めて世界中の規制当局に報告をしています。これによって、副作用データが常に最新の情報にアップデートされて、医師や患者さんへの注意喚起ができるのですが、国内に責任を持った製薬会社がないので、副作用情報の集積活動が行われません。つまり、日本国内で起こった副作用などは闇の中に葬られることになります。医薬品は製剤そのものの効果にも価値がありますが、安全性データなどの適正な情報がなければ適正に医薬品として使用することができません。あちこちの医師が勝手に個人輸入して使っている現状では、副作用などの都合の悪い情報は共有されることがありません。これは医薬品としては致命的な欠陥です。

美容目的でGLP-1ダイエットを希望なさっている方は多くが肥満度1(BMI25~30)ぐらいの方かと思います。しかし、いずれにせよ、この範囲の方がGLP-1ダイエットをするのはデータもありませんし、作用から考えてもリスクが高く危険です。また、減量できる幅が小さすぎるのでコストを考えても割に合いません。肥満度2(BMI30~35:身長160㎝で79㎏以上、身長170㎝で87㎏以上)ぐらいの方は一考の価値はあるかもしれませんが、減少する体重は1.5~3kg/年程度ですので、言うほど減量効果は高くありません。また、長期の安全性データがありませんから、長期投与のリスクを考えなくてはいけません。

BMI25以下の普通体重の範囲の方がGLP-1ダイエットをするのは危険です。この範囲の方に使用したデータは全くありません。美容医療の広告に書いてある「副作用がなくて安全」などというのは大嘘です。先のBMI35程度の人の臨床試験ですら、吐き気が40%も発現しており、2か月程度も続きます。副作用が軽い治療ではないことは十分理解しておくべきです。さらに、GLP-1投与を1年継続しても薬剤投与を中止するとほぼ必発でリバウンドが生じます。夢のダイエット薬ではないのです。

「美容外科」が「これは効く」と言って宣伝している治療法のほとんどは臨床データがありません。その治療をやっている医師が「これは効く」と言っているだけで、効果も安全性も裏付けのあるものではないことを理解しておいてください。

医薬品開発の専門家としては、

「GLP-1ダイエットは多くの日本人に対して安全に実行できるだけの安全性/有効性のデータはありません。それだけではなく、実地使用下での安全性情報の共有ができておらず、非常に危険な状態で使用されています。また、適応となる対象の日本人は極めて限られます。安易に広告につられて使用してはいけません。」

と言わせて頂きます。

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