毎日新聞が報道していますが、政府与党(自民党)が
「モデルナのmRNAワクチン工場を日本に誘致する」
ことを検討しているそうです。
https://mainichi.jp/articles/20220811/k00/00m/040/225000c
この話はモデルナ側から自民党にアプローチした話で、自民党ワクチンプロジェクトリーダーのF参議院議員(K大医学部教授)は大乗り気だそうで、
「mRNAワクチンはがんワクチンやインフルエンザなどの感染症のときにも役に立つから」
というのが理由だそうですが、F議員はモデルナのがんワクチンは開発に失敗しているのをご存じなのでしょうかねぇ?
工場建設費用はモデルナが支払うそうですが、交換条件は
「日本政府が今後8年間にわたって4000万人分のモデルナのワクチンを購入すること」
だそうです。
4000万人分と言えば人口の1/3程度です。インフルエンザワクチンの供給量が年間5000~000万人分ですから、結構な量ですね。
コロナワクチンの購入価格は非公開なのですが、コロナワクチン購入費2兆4000億円を総契約数8億8200万回(ファイザー+モデルナ+アストラゼネカ+ノババックス)で割ると2700円ぐらいになります。毎日新聞はこの金額で計算していますが、ファイザーとモデルナは割高だったので、3000円/一人分で計算すると
4000万回分×3000円=1200億円/年
1200億円/年×8年=9600億円
工場建設の交換条件が8年間で9600億円のワクチン購入とは、高すぎますね。
モデルナ側は「インフルエンザパンデミックの時にも使える」と言っているようですが、国内ワクチンメーカーも細胞培養ワクチンの供給が「できることになっているはず」ですし、わざわざmRNA型ワクチンを持ち出す必要はないように思います。
インフルエンザパンデミックワクチンについては、2011年に細胞培養プレパンデミックワクチンの製造設備と技術導入のために厚生労働省は化血研(当時:現KMバイオロジクス)、第一三共、ビケン、武田薬品の4社に総額1000億円ほどの補助金を出しています。2012年にはビケンが補助金を返金して脱落しましたが、KMバイオロジクスが5700万人分、武田薬品が3300万人分、第一三共が2300万人分、合計1億1300万人分のインフルエンザパンデミックワクチンは供給できることになっているのです。
今後継続的なワクチン接種が必要かどうかわからない新型コロナワクチンの製造工場に8年間で9600億円の購入契約をすることがいかに異常な金額なのか、わかりますね。
また、新規ワクチン技術というのは非常に難しくて、いろいろなワクチン候補が長年世界中で研究・開発されているのですが、ほとんどが失敗に終わっています。
コロナが流行り始めたころに、やたらと「新規ワクチン開発の専門家」としてメディアに出まくっていた大阪の教授がいらっしゃいました。アンジェスが開発しているDNAワクチンの宣伝をして回るのがお仕事だったようですが、DNAワクチンはアンジェスだけが開発していたわけではなく、世界中の多くのワクチン会社が開発して、どこも成功しなかった技術です。DNAワクチンの名誉のために言っておくと、世界初のDNAワクチンは2021年にインドでザイダス・カディラ社が承認をとっています。2万8000人に投与した臨床試験で実薬群21人、プラセボ群60人のコロナ感染をみたため、有効率は67%ですが、後期臨床試験の結果が報告されていないので、臨床試験の信頼性には疑問が残ります。2万8000人に投与して効果が「40人の減少」というのは、ちょっと効果的とは言いかねますし、これぐらいの大きさの臨床試験をやらないと効果が実証できない程度だ、とも言えます。
mRNAワクチンもコロナが初めてではなく、今までにもがんワクチンやインフルエンザをはじめとしていろいろと研究開発されてきたのですが、モデルナも含めて今まではほぼすべて失敗してきました。今回のコロナmRNAの開発に成功したのはかなり奇跡的と言ってもよく、なかでもファイザーと組んだドイツのビオンテック社の貢献が相当大きかったのです。正直なところ、mRNAワクチンは「どんなウイルスにも使えるワクチンプラットフォーム」とはまだまだ言えません。実際、2020年までに、モデルナは感染症に対する9種類のmRNAワクチン候補についてヒトでの試験を行っていたのですが、大規模な治験に進めたものは1つだけでした。
コロナウイルスのワクチンは確かに成功したもののではありますが、すべてがmRNAワクチンの功績という訳でもないのです。コロナワクチンに使用されているS(スパイク)タンパクをコードする遺伝子配列は、自然のままのものではなく、体の免疫反応を誘導しやすい形状で安定するよう設計されています。これは、NIAID(National Institute of Allergy and Infectious Diseases)のワクチン学者Barney Grahamと、テキサス大学オースティン校の構造生物学者Jason McLellan、およびスクリプス研究所のAndrew Wardが考案したもので、COVIDワクチンに特異的なものであるため、mRNAワクチン全般に使えるわけではありません。この点からもmRNAワクチンが万能のワクチンプラットフォームではないことがわかります。
ましてやがんワクチンなんてとんでもないです。私も過去、モデルナをはじめとした各社とがんワクチンの研究開発に関与してきました。ワクチンの基本構成は「抗原+免疫増強剤(アジュバント)」なのですが、世界中のいろいろな会社がいろいろな組み合わせで試してきたものの、効果が世界的に認められたものは現時点ではありません。
mRNAワクチンはmRNA自体がアジュバント効果を持つため、よく言えば「アジュバントの添加が必要ない」のですが、逆に考えると「アジュバントを選べない」ので、がんワクチンに向いているとは思えないのです。
さらに、mRNAワクチンが開発に失敗してきた1つの理由にこのmRNAの免疫原性問題があります。mRNAは非常に分解されやすいだけではなく、非常に炎症惹起性が高いため、投与部位に激しい炎症を起こしてしまいます。mRNAの分解を抑制し、免疫をすり抜けさせて炎症を生じにくくさせるために、シュードウリジンという修飾RNAを使用しています。これはKarikó(現在はビオンテック社)とWeissmanというペンシルバニア大学にいた科学者の発明で、ペンシルバニア大学が特許を保有しており、ビオンテックもモデルナも特許料を支払っているのですが、2026年に特許は消失します。
このようにして作られたmRNAワクチンは脂質ナノ粒子(LNP)という脂質粒子に包んで投与します。これは1990年代から研究されていたものですが、2012年にLNPにRNAを封入したワクチンを始めて投与したのはノバルティス社です。
ペンシルバニア大学の特許が消失した後は「mRNAをLNPに封入して投与する」ということに関しては製薬各社が使用できるようになるため、モデルナの独占性は低下します。
そもそも修飾RNAが必須の技術か?というとそういう訳でもなく、ノバルティス社やシャイアー社(現在:武田薬品)は修飾RNAを使用しない技術を持っていますし、この点については第一三共などの力にも期待したいところです。
この話がどういう風に進んでいくのかはわかりかねますが、変な利権のタネにならなければ良いなあ、と心配しています。まあ、もうすでに利権にしようとして大賛成している人がいるのでしょうけれど。