紅麹問題について当院の患者さんからも質問を受けることが多くなってきましたので、紅麹の話をまとめたブログを書いていたのですが、丁寧に書くと量が多くなってしまって時間がかかっています。すみません。
ところで、この小林製薬の紅麴製品問題、メディアなどでも多く報道されていますし、小林製薬が記者会見を開いたりしていますが、医薬品安全性管理の専門家の私としては、議論のポイントがずれているような違和感を感じるのです。
多くの方々が亡くなったり入院したりしていると報道されていますが、症例経過などの情報が詳細に開示されていないので、健康被害の内容については推測するしかありませんから、ここではあまり議論しません。この点については小林製薬の情報開示は極めて悪く、大きな問題です。どういう病状、病態が起きているのか、がわからないので、「腎障害が起きている人で紅麹製品を服用していた人」はすべて健康被害のカウントに入ってしまい、数だけが大きく膨らむ一方、ノイズの入った情報が多くなるので正確な有害事象分析がしづらくなってしまいます。
次の問題は、急性毒性か、慢性毒性かの区別を公表しないことです。急性毒性なのであれば数回服用しただけの人でも腎障害を発症しますし、慢性毒性なのであればある程度の服用期間のある人に発症します。
紅麹に含まれるモナコリンKという有効成分は、「スタチン類」という物質で、米国メルク社が「ロバスタチン」と言う名前で販売していた医薬品と同じものです。ロバスタチンは筋障害や腎障害を起こす副作用がある薬剤なので、中~長期間服用していて腎障害を発症した方は、そもそも紅麹製品そのものの慢性毒性としての副作用である可能性があります。
このタイプの副作用が発生するためには一定の服用期間が必要なので、発売直後には見つからず、販売開始から一定の期間を経てから急激に患者数が増加する傾向があります。紅麹製品は2022年ぐらいからの発売と言うことなので、現在の健康被害として報告されている方の中の一定数には、ロバスタチンの副作用による腎障害の方が含まれていると思います。もちろん紅麴が産生する物質の中にはモナコリンK(ロバスタチン)以外の成分もあるので、その成分による慢性毒性という可能性もあります。しかしこれは今回の問題の主題ではありません。
さて、一方、小林製薬は「未知の成分」が混入したロットは2023年後半の期間限定的だ、と言っているので、この「未知の成分が混入したロット」で発症したのだとすると慢性毒性とは考えにくく、急性毒性による腎障害と考えるのが妥当です。「短期間の服用で腎障害を発症するような物質」だとするとかなり強力な腎毒性物質が混入したことになりますから、もし、製品にそのような腎毒性物質が含まれているのだとしたら、発売後早い時期から健康被害が報告されているはずなので、小林製薬の言っているように「期間限定的に未知の成分が混入した」というのは正しい判断だと思います。
この2つは症例経過や症状から区別が可能なので、詳細な症例報告を開示してくれることを希望します。
また、小林製薬は医薬品メーカーと言っても医療用医薬品を販売している訳ではないので、安全性部門に常勤の安全性分析ができる専門の医師はいないでしょうから、小林製薬には、彼らが持っている安全性情報を十分に分析する能力はないと思います。しかも、今回の製品は「機能性表示食品」ですから消費者庁への届け出だけで取得できるもので、厚生労働省の管轄ではありません。もし厚生労働省に届出という形になっていれば、厚生労働省やPMDAの安全性担当部署の専門家が症例分析をすることができますが、消費者庁には医薬品の安全性分析ができる専門家はいませんので、素人(小林製薬)が集めたデータを素人(消費者庁)が分析する状況になっています。
一刻も早く詳細な病状経過や有害事象のリストを医薬品安全性の専門家に開示して欲しいものです。
これらも重大な問題ではありますが、実は一番大きな問題は、これらではありません。
メディアやネットでは「未知の物質」が何なのか、青カビ由来のピベルル酸ではないか、というような議論がさかんですが、ピベルル酸の性質についてはよく知られていない上に専門家も少ないので、ワイドショーやネットなどで素人がメディア議論を繰り返しても何にも得るものはありません。それに、そもそも最も重要な問題はそこではないのです。
最も重大な問題は、ごく単純に「未知の物質が含まれている製品を出荷してしまったこと」です。
小林製薬は化学合成品が主力ですから、化学合成品の製造工程管理はきちんとしていたのだろうと思います。化学合成品の場合には、入れるものをきちんと管理しておけば、製造結果として出てくるものは一定の品質のものであり、副産物として混入する物質は「入れたものからできるもの」だけなので、特定の「発生する可能性のある混入物・副生成物」が予想できます。このため、出荷判定としては、製品の品質検査に加えて、特定の「発生する可能性のある混入物・副生成物」が含まれていないことを検査すれば事足ります。
ところが、バイオ製品の品質管理は、これだけでは足りません。
バイオ製品は生き物なので個体差があります。小林製薬も製品に含有されるモナコリンKなどの有効成分がロット毎に異なることは認識していたので、品質が一定になるようにロット混合を行って品質を均一化させています。
また、化学合成品と同じように「発生する可能性のある混入物・副生成物」が含まれていないことを検査することも重要です。日本の紅麹はカビ毒であるシトリニンを作る遺伝子を持っていないのですが、小林製薬では万一のことを考えてシトリニンを測定してあり、シトリニンが含まれていないことを確認しています。
ところが、バイオ製品では培養する過程に菌やカビなどの微生物の混入が起きると、混入した微生物も一緒に培養してしまうので、予想もしない物質が生成されてしまうことがあります。このため、バイオ製品では、「意図していない生成物が含まれていないか」という検査も必要です。どんなにしっかりと入口の品質管理をしていても、バイオ製品の製造では「意図しない生成物が含まれている可能性」は常にあります。ですから、「意図しない微生物が混入していないか?」、「意図しない生成物が含まれていないか?」は必ず調べて確認しなくてはいけない事項です。
小林製薬の最大のミスは、「意図していない生成物が含まれていないかどうか」を確認せずに出荷してしまったことにあります。記者会見で会社側も説明していたような「特定のロットに未知の成分が含まれていたことは、健康被害が出てから検査結果の見直しをして見つけた」のであれば、それは品質管理の怠慢です。「未知の物質が含まれていないかどうか」は出荷判定の検査で行うべき検査であって、「後から見直したら含まれていた」なんていうことが許されてはいけません。万が一でも、未知の物質が含まれていれば、それがどんなものか確認できていようがいなかろうが、絶対に製品として出荷してはいけません。それが何なのか、の原因究明は別にゆっくりすればいいのです。なぜ混入したのか、は製造工程管理の問題ですから別の問題です。
きちんとこの段階で「このロットには異常物が含有されているから出荷しないでおこう」という判断がされていれば、今回のような健康被害は起きていません。おきるはずがありません。また、小林製薬も異常物の分析に十分な時間をかけることができたはずですし、しっかり分析すれば異常物が生成された原因も明確になって次のロットからの製造工程改善もできたはずです。
わかりにくいですか?
では、こういうたとえ話ではいかがでしょう?
こうじ味噌を作って、作るたびに若干品質が違うのでいくつかの樽の味噌を合わせて調合して製品として出荷している。塩分濃度は大切だからそれは検査してきっちり管理しているけれど、一部の味噌にカビ毒を作るカビが生えていたのに気が付かずに一緒に混ぜて出荷したら健康被害が発生した。
今回起きたことはこれと同じです。
今回の問題は最終製品の混入物検査をきちんとやって、未知の物質が混入したロットをの出荷を停止しておけば発生しなかったことなので、救いようがないぐらい全面的に小林製薬に非があるのです。
もちろん、前述のように症例の情報開示が悪いとか、安全性分析の能力が低いとか、と言う問題もあります。機能性表示食品は会社が全責任を負うことで表示を許される制度ですから、安全性分析の能力が低いことは会社として十分な義務を果たしているとはいえず致命的です。
ただ、それ以上に最終製品に未知の物質が混入していることを健康被害が出るまで気が付かなかったことが最大の問題なのです。この問題に気が付かない限り小林製薬がどんな改善策を打ち出してこようとも、被害者に補償します、と言おうとも、小林製薬のバイオ製品は怖くて使えません。そして、残念ながら、昨日の記者会見を見ていても社長を含めて、幹部社員も「何が本質的な問題か」をわかっているとは思えません。いや、意図的に本質的な問題の説明を避けているようにすら見えます。
ここで恐ろしい想像をすることもできます。それは、「小林製薬は異常生成物が含まれていることを知っていながら出荷したのではないか?」という疑問です。ごくごく普通のバイオ品の製造の常識からすれば、「製造物の中に異常物生成物が含まれていないかどうかを検査していないはずがない」からです。標準的な分析方法をしていれば、「シトルリンが含まれていない」ことを確認する分析途中で、「予期せぬ異常物が産生されている」ことも検出できるはずです。また、ロット間差を調整するために複数の製造ロットを混合使用することが一般的ですし、そもそも紅麹製品の有効成分は単一のモナコリンKではなく、「モナコリンKを含む複数のポリケチド類」ですから、製造ロット混合時には詳しい成分分析は行われているはずですから、ここでも気が付くチャンスはあります。それなのに、小林製薬が「出荷するまで異常物が含まれていることに気が付かなかった」というのは相当無理のある説明です。しかも小林製薬は、「後からデータを見直したら未知の物質が含まれていた」と記者会見で説明しているのです。
紅麴の培養槽に細菌が混入すれば腐敗するので、わからない訳がありません。一見正常に培養製造がおこなわれていたのであれば、混入に最も気を付けなくてはいけないのはカビ類です。カビ類が産生するマイコトキシン(カビ毒)には強力な毒素が多く、あまり詳しく知られていないものも多いので、カビ毒の混入は一番気を付けなくてはいけないことなのは、発酵を勉強している人なら良く知っていることですから、最終産物の分析をしていない、という説明はかなり違和感があります。
1つ違和感があったのは、「老朽化した大阪工場から和歌山工場に製造設備を移設した」という情報です。液相培養であれば、製造設備はそう簡単には移設できません。そうすると、麴培養のもう1つの方法である固相培養、つまり、古くからの方法の様に蒸した米の上で紅麹を培養するような方法で製造していた可能性が高いのです。この方法は安価ではありますが、微生物混入のリスクが高く管理が難しい方法でもあります。しかも、万が一、他の化学合成品の製造工場と同じ棟の中で製造していたり、バイオハザードレベルや清潔区域、陽圧区画などの区画がきちんとしていないようなことがあれば、製造方法レベルで容易にカビなどの微生物の混入を許してしまい得る危険性も高いのです。
和歌山の工場ではバイオ品の製造をしていたことはないはずなので、清潔区画やバイオハザードレベルを高く保とうとすると、「新製造棟建設」ぐらいの作業量が必要になりますし、企業としても「新製造棟建設」と言った方が製品に注力しているイメージが作れて製品に弾みがつきます。ところが、「製造設備を移設」というような表現がなされているのは、「古い製造棟の中に区画を設けて移設した」ようなことが想像されます。化学合成品の工場は製造工程で発生した物質が工場外に漏出しないように陰圧区画にしていると理解しているのですが、麹培養などでは微生物混入を防ぐために陽圧区画にしておく必要があるので、バイオ品製造の工場をいくつも持っている会社でもない限り、そう簡単に移設できるとは思えないのです。万が一、紅麹の製造区画と他製品の製造区画が十分に区分されていないようなことがあれば、微生物混入は起こるべくして起きた、と言えるでしょう。いままでも、「健康被害を引き起こすような微生物が混入していなかった」だけで、「健康被害を引き起こさない微生物の混入は日常茶飯事」だったのかもしれません。出荷判定をきちんとしていなければ、そういうことにも気が付きもしないし気が付ける訳もないのですが。
今回の事件は刑事か民事かその両方で裁判になるかもしれませんが、もしそうなったら、その際には「出荷判定時に小林製薬は何を知っていたのか」というのは、重要な論点になるだろうと思います。出荷判定時に異常生成物の混入を確認していないだけでも相当罪は重いのですが、もし万が一、小林製薬が「未知の物質の混入」を知っていながら出荷したのであれば、その行為は犯罪的ですらあります。まさか…とは思いますが、そんなことがなかったことを祈るしかありません。
ただ一つ、この製品だけが特殊な管理をしているはずがないので、同様の出荷判定が他の製品でも行われているのでしょう。どういう製造工程をとっているのかがわからない以上、小林製薬の健康食品やサプリについては今後も使用しない方がよいと思います。
この事件は50近くの代理店、150もの関連食品会社に大きな影響を及ぼした極めて重大な食品スキャンダルですから、アメリカなど欧米だったらもっとニュース番組でも取り上げられますし、メディアの切込みも激しくなるはずです。ところが、今回の記者会見のやりとりを聞いていても記者の質問は「あまり勉強していないなぁ」と思う質問が多い上に、全然キレがなく、本質に突っ込むような質問はありません。会社の広報担当者は、「どこのメディアが、いつ、どんな質問をしてきたか」をすべて記録しています。小林製薬はCMなどの広告出稿大手なので、ここで悪いイメージを持たれたメディアは将来CMなどの広告出稿で仕返しされるかもしれない、と思って忖度しているのかもしれません。
普通に考えて、いくらまだ因果関係は不明とはいえ、死者5名、健康被害100名以上、問合せ1万2000件以上の大事件ですよ?ワクチンで4~5名も重篤な健康被害が出たらメディアは毎日大騒ぎです。あまりにもメディアの取り上げ方が「露骨に少ない」と感じるのはおかしいのでしょうか?野球選手の通訳よりこちらの方が重要な問題のように思うのですが…
プベルル酸なんていうマイナーな毒性物質が出てきたのも、「プベルル酸とは何か?」と言った方向に話の方向を向けられますから、メディア戦略の一環なのかもしれません。重要なのは「プベルル酸がどういう毒性物質か?」ではなく、「予期せぬ物質(プベルル酸?)を産生する微生物がどうして培養過程に入り込み、それに気づかず出荷をしてしまったのか?」ということです。
繰り返しますが、バイオ製品の製造過程で意図せぬ微生物が混入して、予期せぬ化合物が産生されてしまうことは「想定しておかなければならないこと」です。ですから、製品の製造後品質検査が非常に重要で、予期せぬ物質が検出された場合にはその製造ロットは使用中止にしなくてはいけません。今回の小林製薬の説明は品質管理上、製品の出荷判定が極めてずさんであったことを推測させます。
幸い厚生労働省が工場査察に入ってくれたので、厚生労働省が事実を明らかにしてくれることを期待しています。