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3月の話題 ー ヘルスリテラシー

2024年度最初の話題は「ヘルスリテラシー」についてです。

ヘルスリテラシーというのは、「健康や医療に関する正しい情報を入手し、理解して活用する能力」のことです

インターネットやSNSだけではなく、書店に並んでいる本や雑誌の記事にすらデタラメな医学情報がたくさんあります。

玉石混交の沢山の健康情報の中から適切な情報を見極めて使いこなすことが、病気の予防や健康寿命を延ばすことにつながります。

今年は1年を通じて「正しい医療情報・健康情報について」のお話をする予定です。

 

ヘルスリテラシーには、

1)機能的(Basic/Functional)ヘルスリテラシー

2)相互作用的(Communicative/Interactive)ヘルスリテラシー

3)批判的(Critical)ヘルスリテラシー

の3つのレベルがあります。

1)の機能的ヘルスリテラシーというのは、「健康情報の受け手として日常生活に役立つ読み書きの能力」のことです。情報を受ける、いわば受け身な立場でそれらの情報を理解できる能力です。

2)の相互作用的ヘルスリテラシーというのは、「コミュニケーションによって意味を引き出したり、人に伝えたり、得られたアドバイスをもとに行動する能力」のことです。相互作用的ヘルスリテラシーは周囲の人々とうまくコミュニケーションができること、いわば、サポーティブな環境の中で情報をもとにうまく立ち回れる能力です

3)の批判的ヘルスリテラシーというのは「情報を批判的に分析し、健康情報を生かし組織や社 会を変えていける高度な能力」のことで、健康情報をきちんと理解し活用するためには、このレベルが必要です。これは、個人の利益だけでなく集団の利益に結び付くもので、個人の能力だけでなく、集団やコミュニティの能力です。ヘルスプロモーションは、人々の参加によって人々自身の手によって、行われるものです。

 

実は、反ワクチンや医療デマを流す人たちは「小さな限定的なおかしな人たち」だけではありません。マスメディアや有名な「専門家」も医療デマを時には意図して、時には意図せずに流布することが多くあります。

 

1980年代にイタリアでロセフィン事件という事件がありました。イタリアの地方都市の病院に肺炎で入院してロセフィン(セフトリアキソン)という抗生物質の点滴治療を受けていた中年女性が治療の甲斐なく、肺炎で亡くなりました。当時はインターネットなどない時代でしたので、小さな地方新聞に「〇〇さんが肺炎のため××病院に入院してロセフィンで治療をうけていたが△月△日に死亡した。」という死亡記事が掲載されました。当時ロセフィンは最先端の治療薬だったので記事に書いたのらしいのですが、その記事がいくつかのちょっと大きな地方新聞にも転載されました。その数日後、国を代表する大きな新聞が、それらの死亡記事を、勘違いしてすべて合算して「先週ロセフィンで10人以上の患者が死亡した」という記事を載せました。たった一人の肺炎の死亡の報道が、10人以上のロセフィンによる死亡事故に置き換わってしまったのです。

この後は国を挙げての大騒動になりました。テレビでも報道が始まり、週刊誌や新聞が報道合戦を繰り返します。ロセフィンはもともと最先端の治療薬で重症感染症に使われることが多かった薬ですから、薬が原因ではないのですが、国全体では毎日何人かは肺炎や重症感染症のためにロセフィンを使われたいた患者さんが亡くなります。テレビや新聞は毎日「あそこの病院でロセフィンを使っていた患者さんが死んだ」、「今度はこちらの病院で死んだ」と報道し、わずか1週間ぐらいの間に、「ロセフィンで数十人の人が死亡した」ことにされてしまいました。

この報道をみた医師や患者はロセフィンの使用を次々と取りやめたため、入院治療用の抗生物質としてトップだったロセフィンの使用量は、翌月にはゼロになってしまいました。この後、正しい情報が少しずつ報道され始めましたが、「ロセフィンは危険な薬だ」という誤った情報を拭い去ることはできず、数年にわたって多くの患者さんがロセフィンによる十分は治療を受けられずに亡くなることになりました。

当時はEUなんてない時代だったので、言語も通貨もメディアもヨーロッパの国ごとに違いましたし、人の行き来も限定されていましたから、他の国に飛び火することはありませんでした。

これは1980年代にイタリア国内で起きた大事件ですが、よく似たことは今でも世界中で起きています。もちろん日本でも何回も起きています。

江戸時代に日本で種痘(天然痘ワクチン)の接種が始まった時にもいろいろなデマが飛び交いました。種痘には牛の感染症である牛痘のウイルスを使用するのですが、緒方洪庵が1849年(嘉永2年)に大阪に牛痘を用いた「除痘館」という種痘所を開設したとき、「種痘をすれば牛になる」という流言飛語が飛び交い、多くの人が信じました。

死者が10万人以上にも及んだ明治初期のコレラの流行の際も、「炭酸飲料を飲むとコレラの感染が防げる」というデマが出てラムネの売り上げが激増しましたし、「タマネギがコレラに効く」というデマにより、それまであまり食べられていなかったタマネギ食が飛躍的に普及するきっかけになりました。

直近では日本でおきたHPVワクチン騒動もその良い例ですし、「コロナワクチンをうつと5Gにつながる」なんていうのは「電話線を伝って魔物が来る!」とかいう明治時代と変わらないレベルの妄想です。反ワクチン運動や「ワクチンをうつと自閉症になる」なんていうのも「誰がいつ言い出したか」までわかっている明らかなデマなのですが、いくら「ウソです」と説明しても一度信じてしまった人達の考えを修正するのは困難です。

 

最近はインターネットを介して複数の国をまたぐ形で同様の事件が起きていることもあります。イタリアの事件はメディアの勘違いによる誤りが原因ですが、最近では「意図的に誤った情報を流布する」個人や集団も数多くいます。

インターネットが発達して自動翻訳機能などが加わり、正しい情報を世界中で迅速に共有することができるようになった反面、YoutubeやX、TikTokなど個人レベルでの情報発信ができるようになったことで「誤った情報」を拡散させることも容易になりました。誤った情報を伝えることで利益を得る人達がいて、それを信じて誤った情報を拡散する多くの人がいるために、正しい情報が見極めにくくなっているのです。

 

正しい医学情報・健康情報を見極めるために必要な科学・医学の知識は高度化していますし、海外発信の医療情報を理解するためには現地の医療状況を知らなければ理解できないことも多くあるので、「誤った情報を伝えたい人」にとっては、よりウソをつきやすく、より騙しやすい状況になっています。

このような世界の中で「正しい医療・医学・健康情報を見分ける力」というのはとても大切になってきますから、一緒に勉強していきましょう。

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