麻疹(麻しん、はしか、measles)は、パラミクソウイルス科に属する麻しんウイルスによって引き起こされる急性の熱性発疹性の全身感染症です。
麻疹ウイルスの感染様式は空気感染(飛沫核感染)、飛沫感染、接触感染と様々であり、ヒトからヒトへ感染が伝播し、その感染力は極めて強く、麻疹ウイルスに対する免疫を持たない、いわゆる麻疹感受性者が感染した場合、ほぼ100%が発病します。一度感染して発症すると一生免疫が持続すると言われています。
2001年の全国的な麻疹の流行以降、1歳早期における麻疹ワクチンの接種率が上昇したことによって、これまで麻疹流行の中心であった乳幼児における麻疹の患者発生は著しく減少し、麻疹の流行規模は縮小していきました。一方これによって麻疹ウイルスに対する感染機会が激減し、これまでであれば麻疹ワクチンを接種していない場合、早い時期に麻疹に罹患していたはずの人が罹患しなくなり、また5%未満程度存在する「ワクチンを接種しても免疫を獲得できなかった人」も、以前であれば麻疹ウイルスに感染して発症していたはずが、感染しないですむという現象が起こってくるようになりました。
このように、社会全体での流行が抑えられてくると、
1)麻疹に対して免疫を持たない人であっても麻疹に罹患しないままでいる
2)過去に麻疹ワクチンを接種して免疫を獲得した人の中には、麻疹ウイルスに感染する機会が減ったために、自然感染による免疫増強効果(ブースター効果)を得ることがなくなり、それによって接種から年数を経るにつれて麻疹に対する免疫が減弱してしまった人が一部出てくる。
などの現象が見られます。
このような人が蓄積されて多数集まっている学校などに、麻疹のような感染力の強いウイルスが入り込むことによって、この世代での発症者が多くみられるようになり、またこれらの人の中には、ワクチン接種によって免疫を少しでも持っていたため典型的な症状を呈さず、修飾麻疹として発症した軽症者も多く、気づかぬ間に感染源となって周囲にひろげてしまいました。
このため2007~2008年に10~20代を中心に大きな流行がみられましたが、2008年から5年間、中学1年相当、高校3年相当の年代に2回目の麻しんワクチン接種を受ける機会を設けたことなどで、2009年以降は10~20代の患者数は激減しました。
また2010年11月以降のウイルス分離・検出状況については、海外由来型のみ認めており、2007~2008年に国内で大流行の原因となった遺伝子型D5は認めておりません。
2015年3月27日、世界保健機関西太平洋地域事務局により、日本が麻しんの排除状態にあることが認定されました。かつては毎年春から初夏にかけて流行が見られていましたが、排除後は、海外からの輸入例と、輸入例からの感染事例のみを認める状況となっています。
麻しんに感染すると約10日後に発熱や咳、鼻水といった風邪のような症状が現れます。2~3日熱が続いた後、39℃以上の高熱と発疹が出現します。肺炎、中耳炎を合併しやすく、患者1,000人に1人の割合で脳炎が発症すると言われています。先進国であっても1,000人に1人は死亡すると言われています。
2000年の大阪での麻疹流行時の調査によると、肺炎15.2%、腸炎3.1%、脳炎0.8%等、合併症発症率は30%以上であり、また発症者の平均入院率は40%にものぼりました(平成13年度大阪感染症流行予測調査結果報告書)。2007年、2008年には各9例の脳炎合併症例が報告されました(2009年は報告なし)。また、世界では現在でも途上国を中心に毎年たくさんの子ども達が麻疹に罹患し、2008年には164,000人が亡くなっていると推計されています
その他の合併症として、10万人に1人程度と頻度は高くないものの、麻しんウイルスに感染後、特に学童期に亜急性硬化性全脳炎(subacute sclerosing panencephalitis:SSPE)と呼ばれる中枢神経疾患を発症することもあります。
亜急性硬化性全脳炎は遅発性ウイルス感染症の1つで、麻しんウイルスによってゆっくりと進行する脳の 炎症 (脳炎)です。麻疹に感染してから、数年の 潜伏期間 (5~10年)の後に発病するという特徴があります。発病後は数月から数年の経過(亜急性)で神経症状が進行します。現在、日本に150人くらいの患者さんがいます。以前は年間発症数は以前は10~15人くらいでしたが、麻疹ワクチンの普及以後は減少し、この10年間では年間1~4人です。発症率は麻疹に罹患した人の数万人に1人とされています。第1期は学業成績低下、記憶力低下、いつもと違った行動、感情不安定、軽度の知的障害、性格変化、脱力発作、歩行異常などの症状が見られます。第2期はこれらの症状が更に強くなります。そして体がビクッと動く 不随意運動 (ミオクローヌス)が周期的に見られるようになります。第3期では、知能、運動の障害はさらに進行して、歩行は不可能となり、食事の摂取も次第にできなくなってきます。この時期には体温の上昇、唾液、発汗異常などの自律神経の症状が見られるようになります。第4期では意識は消失し、全身の筋肉の緊張も強く、 自発運動 もなくなります。治療法は確立されておらず、現在でも 予後 が悪い病気です。
麻しんは感染力が強く、空気感染もするので、手洗い、マスクのみで予防はできません。麻しんの予防接種が最も有効な予防法といえます。
現在、麻しん含有ワクチンとして主に接種されているのは、麻しん風しん混合ワクチン(MRワクチン)です。MRワクチンを接種することによって、95%程度の人が麻しんウイルスに対する免疫を獲得することができると言われています。また、2回の接種を受けることで1回の接種では免疫が付かなかった方の多くに免疫をつけることができます。2006年度から1歳児と小学校入学前1年間の小児の2回接種制度が始まり、2008年度から2012年度の5年間に限り、中学1年生と高校3年生相当年齢の人に2回目のワクチンが定期接種として導入されていました。
MRワクチンはウイルスの毒性を弱めた「弱毒生ワクチン」のため、妊娠中には接種できませんし、女性は接種後2ヶ月間の避妊期間が必要です。
ワクチン接種後の反応として多く見られる症状として発熱、発疹、鼻汁、咳嗽、注射部位紅斑・腫脹などがみられます。重大な副反応として、アナフィラキシー、急性散在性脳脊髄炎(ADEM)、脳炎・脳症、けいれん、血小板減少性紫斑病がごく稀に(0.1%未満)報告されていますが、ワクチンとの因果関係が明らかでない場合も含まれています。
なお、麻しん含有ワクチンは、ニワトリの胚細胞を用いて製造されており、卵そのものを使っていないため卵アレルギーによるアレルギー反応の心配はほとんどありません。
麻しんの患者さんに接触した場合、72時間以内に麻しんワクチンの接種をすることで、麻しんの発症を予防できる可能性があります。接触後5~6日以内であれば、γ-グロブリンの注射で発症を抑えることができる可能性がありますが、安易にとれる方法ではありません。
国外に目を向けると世界的には感染者がここ数年増加加傾向にあり、去年1年間に世界で報告された感染者はおよそ30万人と前の年のおよそ1.8倍となっていて、中東地域やインド、インドネシアなどで特に増加しています。新型コロナの感染拡大の影響で子どもへのワクチン接種が行き届かない国が増えたため、アジアやアフリカを中心に感染が拡大し、その後渡航の制限が緩和されて人の移動が活発になるとともに先進国に感染が広がっているのです。
アジアやアフリカでは子どもが中心に感染している一方、日本も含めた先進国では大人が感染することが多く日本では20代での感染もみられます。これは、世代ではワクチンを2回接種していない人が一定数いるためではないかと思われます。
実は、現在50歳代以上となる1972年(昭和47年)9月30日生まれまでの人は、定期接種が始まっておらず、ワクチンを一度も接種していない可能性があるのです。それ以降の生まれでも、20代半ば以上となる2000年(平成12年)4月1日生まれまでの人は、定期接種が1回のみだったため、免疫が不十分な可能性があります。
定期接種の対象者だけではなく、医療・教育関係者や海外渡航を計画している成人も、麻しんの罹患歴がなく、2回の予防接種歴が明らかでない場合は予防接種を検討してください。