多くの方は子供のころ水ぼうそう(水痘)に罹ったことがあると思います。90%ぐらいの方が9歳までにかかると言われています。日本では水痘は年間100万人程度が発症し、4,000人程度が入院、20人程度が死亡しています。
子供の頃に水痘に罹患して一定の時間がたてば水痘は治ります。しかし病原体である水痘ウイルスは死滅するのではなく、「神経節」という神経組織の中に隠れているのです。
身体の奥の神経組織に潜んでいる水痘ウイルス()は、気力体力が十分で体の免疫機構がしっかり働いている時は表に出てきません。ところが、体力が落ちたり、病気になったり、加齢変化で免疫が十分に働かなくなると、おとなしくしていたはずのこの水痘ウイルスが「もう一度」活力を取り戻し神経や皮膚に症状をきたすのです。ウイルスが潜む場所の「神経節」というのは、脳からつながっている神経が左右に分かれる根元の部分です。右か左のどちらかの神経節に潜んでいたウイルスが活性化するので、帯状疱疹は必ず右か左のどちらかに出現します。「宿主の免疫能が低下」するとウイルスを閉じ込めておくパワーがなくなり、ウイルスの活性化を許すことになるのです。日本人成人の90%以上が帯状疱疹になる可能性があり、80歳までに3人に1人が発症すると言われています。特に50歳代から発症しやすくなります。
帯状疱疹とは体の片側の一部にピリピリとした痛みが現れ、その部分に水ぶくれを伴う赤い発疹が出現する病気です。帯状疱疹は視診で簡単に診断がつきますから診断に苦労することはあまりありませんし、通常は自然治癒します。
帯状疱疹が頭部や顔面に出ると目や耳の神経が障害されて、めまい、耳鳴りなどの合併症がでたり、重症化すると視力低下や顔面神経痛など重い後遺症が残ることがあります。
また、約2割の方には帯状疱疹後神経痛(Post herpetic neuralgia, PHN)と呼ばれる長期間持続する痛みが残る場合があります。PHNは、1)高齢になるほど、2)初診時の皮膚症状が重症なほど、3)初診時の痛みが強いほど、痛みが残りやすいことが知られています。PHNの痛みは「風があたっても、衣服が触れてもビリっと痛い」「剣山でグサグサ刺されるように痛い」と言うような電撃痛、灼熱痛と表現されるとても激しい痛みで、なかなか良い治療法がありません。
帯状疱疹の治療は抗ウイルス薬を使います。できるだけ早期に、抗ウイルス薬(アシクロビル、バラシクロビル、ファムシクロビル)の全身投与を開始することが大切です。重症なものは、入院して抗ウイルス薬(アシクロビル、ビダラビン)の点滴静注が必要になります。
帯状疱疹を予防するワクチンには2種類あり、各々長所と短所があります。
以前は水ぼうそうの予防にも使われている水痘ワクチン(ビケン)を使用することが一般的でしたが、2020年1月に新しい帯状疱疹予防ワクチンである「シングリックス」が発売となりました。シングリックスは2ヶ月間隔で筋肉内に2回接種します。2回目の接種が2ヶ月を超えた場合には、遅くとも1回目から6ヶ月後までに2回目を接種する必要があります。シングリックスの帯状疱疹に対する予防効果は、50歳以上の方で約97%、70歳以上の方で約90%と報告されており、水痘ワクチンよりも有効性が高いと考えられます。 また効果の持続も長く、水痘ワクチンはせいぜい5年しか有効性が持続しませんが、シングリックスは10年は効果が持続することがわかっています。
また、水痘ワクチンは生ワクチンのため、他の生ワクチンを接種する場合は27日以上間隔をあける必要があります。ただ、対象となるワクチンは子供のワクチンが主なので、成人の場合にはあまり問題にはなりません。不活化ワクチンの接種には制限がありません。
シングリックスは不活化ワクチンですから、他のワクチンを接種する際にも制限がありませんし、リウマチや移植後など免疫抑制を生じる治療を受けている方などでも接種が可能です。シングリックスを注射すると、体の中で強い免疫を作ろうとする仕組みが働くため、多くの方に注射部位の痛みや腫れがあらわれますが、副反応の多くは3日以内に治まります。
一方、シングリックスは高価なうえに2回の接種が必要なので、水痘ワクチンと比較すると接種費用が高額となりますが、50歳以上のいずれの年齢層でも高い帯状疱疹予防効果が示されており、帯状疱疹後神経痛(PHN)の発症を減らす効果も期待できます。
現在、多くの自治体ではシングリックスの接種費用の一部補助事業を行っています。一度ご自分の居住している自治体のHPを確認なさることをお勧めします。50歳以上の方にはぜひ接種を受けておいて欲しいワクチンの1つです。
| ビケン (ビケン) | シングリックス (グラクソ・スミスクライン) |
効果 | 水痘の予防 帯状疱疹の予防 | 帯状疱疹の予防 |
ワクチンの種類 | 生ワクチン (皮下注射) | 不活化ワクチン (筋肉注射) |
接種回数 | 1回 | 2回(2カ月後に2回目) 遅くとも6カ月後までに接種 しなくてはいけない |
予防効果 | 50〜60% | 90%以上 |
持続期間 | 5年程度 | 10年 |
主な副反応 | 接種部位の痛み腫れ、発赤 3日~1週間で消失 | 接種部位の痛み、腫れ、発赤、 筋肉痛、全身倦怠感 3日~1週間で消失 |
料金 | 8,800円(税込) 総額 8,800円 位 | 22,000円(税込)/回 総額 44,000円 位 |
長所 | ● 1回で済む ● 値段が安い | ● 免疫が低下している方にも接種できる ● 予防効果が高い ● 持続期間が長い |
短所 | ● 免疫が低下している方には接種できない ● 持続期間が短い(5年を越えると有効性が50%低下する) | ● 痛い(筋肉注射) ● 2回接種が必要 ● 値段が高い |