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コロナ:欧米と日本の違い-社会の病気に対する認識の違い

コロナ:欧米と日本の違い-社会の病気に対する認識の違い

日本ではコロナ拡大が一段落ついた感じがありますが、ヨーロッパのいくつかの国では再拡大しているようです。

日本経済新聞の チャートで見る世界の感染状況 新型コロナウイルス:日本経済新聞 (nikkei.com) からデータをお借りして見てみます。

     <新規感染者数>              <新規死者数>

   

確かに、新規感染者数はドイツ、イギリス、チェコ、ウクライナなどで増えています。

ただ、新規死者数のグラフで見ると、ワクチン接種の進んでいるドイツ、イギリスでは感染者数の増加に比べて死者数の増加が抑えられていることが分かります。

「ワクチンが重症化予防効果を発揮している」と言うことは間違いなさそうです。

ワクチンの効果には「感染予防効果」「重症化予防効果」があるのですが、重症化予防効果はワクチンの効果としては比較的出やすい効果になります。

「ワクチンを打つ」ということは、免疫反応のターゲットになる「抗原」を体に入れることです。「抗原」はウイルスのたんぱく質の一部分を使います。ファイザーやモデルナのmRNAワクチンは、ウイルスタンパクの設計図であるmRNAを注射して、人体の中でウイルスのたんぱく質を作らせて「抗原」にします。

「抗原」が体に入ると、人体の免疫機構が働いて抗原を攻撃する「抗体」を作ると同時に、免疫細胞は「これが敵の目印だ」ということを覚えます。

呼吸器感染症は、主に唾液や飛沫が気流に乗って鼻腔や口腔内に侵入して、鼻腔内や咽頭(のど)、気道に定着することで感染しますが、下に落ちて行って肺に到達すると肺炎という重症な状態になります。

抗体や免疫細胞は主に血中にいますが、肺は空気中の酸素を血中に取り込むために非常に血流の豊富な臓器なので、ウイルスが肺に落ちていくと血中の抗体や免疫細胞が非常に効率よく攻撃することができます。

これがワクチンの重症化予防効果です。

これに対して、感染予防効果はのどや鼻、気道など、血流があまり豊富ではない部分での免疫反応なので、抗体が十分に働くことができません。このような部分で働く抗体はIgAと言われる分泌型抗体で、注射をするタイプのワクチンでは作ることができないからです。また、唾液や鼻汁の中にいるウイルスは抗体や免疫細胞の作用を受けにくいので呼吸器感染症に対するワクチンでは感染予防効果が十分に得られないことが多いのです。つまり、「ワクチンを打ってもウイルスにはかかる」ので、PCRをすれば陽性に出ます。また、唾液や鼻汁中にいるウイルスをばらまくこともあるので、感染防御策をとらなければ「人に移すこともできます」。

これが欧米で「患者数がいまだに増えているのに重症者が増えていない」ことの正体です。ワクチンを打ったので重症化予防効果はみられているのですが、十分な感染予防効果が出ていないのです。

では、日本ではなぜ十分な感染予防効果がでたのでしょうか?

これは、「社会生活上の習慣の差」が原因だと思います。

日本では結核が国民病だった歴史があるために、「咳が重病のサイン」という意識が文化の中に溶け込んでいます。しかし、鎖国の歴史が長かったため南方からの下痢性疾患の侵入が遅れたため、「下痢が伝染性疾患の症状」という意識は少ないのです。隣で咳をしている人がいたら「うつりそうで嫌だな…」と思う方が多いと思います。一方、おなかを下した時に「お風呂に入っておなかを温めてきなさい」と言われた方はいても、「下痢が移るからお風呂に入ってはいけない」と言われた方は多くないはずです。

これに対して、欧米では結核が流行した地域は限定的で少ないため、「咳が重病のサイン」という意識があまりありません。しかし、インドや南方からのコレラなどの下痢性疾患の歴史を持つため、「下痢はうつる病気だ」という認識が一般的です。ペストが流行する前まではヨーロッパでも入浴の習慣は盛んでしたし、温泉などの公衆浴場もよく利用されていましたが、「入浴を介してペストがうつる」という認識が広まったため、入浴の習慣が衰退した歴史もあります。

このように病気に対する社会認識の違いは人々の行動の差になります。日本では咳をすることに感受性が高いため、マスクの装着率も高くなり、咳エチケットなども一般的ですが、欧米では咳が病気のサインという意識がないので、マスクの装着率は低く、咳エチケットや大声を出すなどの行動に対する抑止が効きません。このような社会行動の差異というのは非常に大きなインパクトを持ちます。

1990年代の半ば頃に、日本ではカルシウム拮抗薬という降圧剤が一般的でした。海外ではその次に出たACE阻害薬という薬が一般的だったのに、日本では切り替えが進みませんでした。日本の医師にカルシウム拮抗薬について聞くと「副作用がないから使いやすい」という意見でしたが、欧米の医師は「浮腫(むくみ)が強く出るので使いづらい」という意見がほとんどでした。ACE阻害薬はむくみが出にくいのですが、咳(空咳)が出る、という副作用があるのですが、欧米ではACE阻害薬に切り替えると「むくみが出ない良い薬だ」と言われ、咳の副作用はほとんど報告されませんでした。これに対して、日本の医師は「ACE阻害薬は咳が出るから使いづらい」といって咳の報告が欧米よりも多く報告されました。

確かに日本でカルシウム拮抗薬の臨床試験を行うと、浮腫(むくみ)がほとんど報告されませんでしたが、欧米では10~20%の高率で報告されます。この差は、「人種差」だというのが一般的に言われていたのですが、実は違います。答えは「一日中靴を履いているかどうか」でした。欧米人は一日中靴を履いているため、足がむくむと、靴がきつくなるのですぐわかります。これに対して、日本人は家では裸足ですから、少々むくんでも気が付きにくいのです。また、むくみは午後に出やすいのですが、日本の外来は午前中がほとんどですので、医師もむくみに気づきにくかったのです。実は、午前午後を通して積極的にむくみのチェックをすると、日本でも欧米でもむくみの頻度は変わりません。「人種差」ではなく「生活習慣の差」がこのように現れます。

生活習慣は文化と歴史によって作られてきたものですので、どちらが良いとか悪いとかではなく、また、「文化によって生活習慣の違いがある」という認識をもってデータを理解しないと、大きな間違いを起こします。

確かにファイザーやモデルナのmRNAワクチンは非常に優秀で、とても効率よくワクチンによる重症化予防効果を社会的に形成することができました。しかし、呼吸器感染症という特性上、感染予防効果を得ることは限定的です。今後開発されてくるコンポーネントワクチンなどもありますが、いずれも粘膜面での感染予防効果を十分に誘導することはできません。コロナ感染症はこれからもしばらくは感染性を持った状態で存在します。コロナワクチンによる重症化予防効果をまだ得ていない層は子供たちです。アルファ株からデルタ株へのコロナウイルスの変異で最も重要なことは、「より人の体内での増殖に馴化順応したこと」です。最初は2週間の潜伏期間が必要でした。それだけゆっくりしか増殖できなかったからです。増殖に時間がかかるので免疫形成のための十分な時間があったため、免疫反応の強い若年者では重症化があまりみられず、高齢者での重症化がメインでした。しかし、ウイルスの変異・順応が進むにしたがって人体内での増殖が速くなり潜伏期間が短くなったため、若年者でも発症が増えてきました。

子供たちはまだまだ発育途中で十分な臓器機能を持っていませんし、臓器余力も少ないため、ワクチンの重症化予防効果で守る必要がありますが、まだワクチンの接種ができません。今しばらく子供たちにワクチン接種ができるようになるまでの間は、大人たちがマスクをするなどの感染予防行為を継続する必要があるのです。

 

 

 

 

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