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ヒルドイドは保湿剤でも、ましてや美容クリームでもありません。(その2)ー 追記2024.04.26

ヒルドイドは保湿剤でも、ましてや美容クリームでもありません。(その2)ー 追記2024.04.26

10月からの診療報酬改定でヒルドイドが「選定医療」の対象になりました。

選定医療は、差額ベッド代のように「患者の快適性や利便性、あるいは医療機関や医療行為の選択にかかる療養」の事で、一部自己負担が発生します。10月からは長期収載品(ジェネリックのある医薬品)とジェネリックとの差額の4分の1が自己負担分となります。今回ヒルドイドが選定医療の対象になったので、ジェネリックではなく「ヒルドイド」の処方を希望した場合には300gで750円ぐらいの自己負担が発生します。なお、子ども医療費を無償にする自治体の支援制度があっても、保険適用外の部分は原則として負担が生じます。

以前のブログ(ヒルドイドは保湿剤でも、ましてや美容クリームでもありません。 – 東中野セント・アンジェラクリニック (st-angela-clinic.jp))でも書きましたが、ヒルドイドの成分であるヘパリン類似物質は元々は血栓や青あざなどを治療するためにドイツで1940年代に開発され、1970年代に日本に導入されました。1988年にマウスの実験で皮脂欠乏症に対して角質水分保持増強効果があることが示されて皮脂欠乏症の治療薬として申請・承認されました。ヒトでの臨床試験は30例ぐらいの規模で「皮脂欠乏症」に対してしか行われておらず、正常皮膚に対して保湿剤としての効果が確認されているものではありません。

もそも皮脂欠乏症とは何か?というと、「乾皮症」という病気と同じ意味で、皮膚乾燥を呈する疾患の総称です。「一般的には皮膚表面が光沢を失い粗造になった状態のことを称し、粃糠様の鱗屑および浅い亀裂を生じ、魚鱗癬様の外観を呈して搔痒を訴える」もののことです。一般的に角質水分量は低下していますが、TEWL(Trans Epidermal Water Loss 経皮水分喪失)は高齢者以外では増加しています。高齢者では経皮水分喪失量が多い訳ではないものの、そもそもの角質水分含有量が少ないので乾燥しているのです。皮脂欠乏症には診断の基準がないので、何が皮脂欠乏症で何が皮脂欠乏症ではないのかは明確ではありません。

また、アジアでは日本と同じように「皮脂欠乏症」の適応を持っている国が何か国かありますが、いずれも「日本の承認内容で自動的/半自動的に承認される国」ばかりで、欧米でこの適応症を持っている国はありません。

「もともと表皮角質の水分量が少なくなってかゆくなるぐらい乾燥している皮膚にヒルドイドを塗布したら表皮角質の水分量が増加した」実験はあっても、「正常皮膚にヒルドイドを塗布したら潤ったというデータはない」のです。

 皮脂欠乏症は英語でasteatosis、ヘパリン類似物質はheparinoidというのですが、これで検索をかけると出てくるのは日本人の名前ばかりです。いかに世界からかけ離れたことをしているのか、が分かります。

ヘパリン類似物質は親水基を多く含む水溶性物質で水分子とよく結合するため「保湿性が高い」と思われているようですが、「水分子を結合すること」と「皮膚に水を与える」ことは全くの別物です。ヒルドイドを含むヘパリン類似物質は、成分分子が水を含むので塗ると皮膚表面がしっとりしたように見え、また、皮ふに浸透して血流を増加させる作用があるので、一時的には塗布部分がしっとりふっくらしたように見えますが、時間とともに血流は減少し、また、ヘパリン類似物質に含まれていた水分が蒸発して皮膚表面は乾燥します(正確には元に戻っただけですが)。ヘパリン類似物質は水分を失うと分子が縮むので皮膚を引っ張ってピリピリした感じがしますから、「また薬を塗ってしっとりしたようにさせたく」なります。「薬が切れると薬が欲しくなる」ことで「ヒルドイド自体がヒルドイド需要を作り出している」側面があります。

 

医薬品の製造方法や製造工程は開示されないので、AG(オーサライズドジェネリック)を除き、先発品とジェネリック品では製造方法が異なります。また、ヘパリン類似物質は純粋な化学合成品と異なり、牛や豚の軟骨由来のコンドロイチン硫酸から作られるグルコサミノグルカンの総称ですので、糖鎖を含めた分子構造や細かい成分組成は各社で異なります。また、添加剤や基剤など外用剤としての調整も各社異なるので、各社で医薬品としての性能は異なります。

ジェネリックであることの確認試験は各社様々ですが、保湿を項目に比較項目に入れている会社はありません。皮膚への浸透効果の比較だけの場合もありますし、臨床試験を実施していることもありますが、臨床試験を実施している場合でも「皮脂欠乏症」に対する搔痒などの改善効果を見ているだけです。比較試験はなくても同等性だけ説明できれば、先発品のヒルドイドの効能効果と同じ適応症がとれますので、「皮脂欠乏症」も適応症となります。これで「保湿効果がある」と言っているだけです。正常皮膚に対して保湿効果がある、とは言っていません。保湿効果ではない「効果」や「吸収性」で同等性が説明できればジェネリックとして承認されます。「先発品であるヒルドイドが保湿薬として承認を取っている訳ではない」のでこれは当然のことです。

 ところが保湿効果が評価項目ではないため、各社製品の保湿効果はそれぞれ異なります。このため、患者さんは、「ジェネリックを使うと乾きやすい」とか「ピリピリする」、「皮膚が赤くなる」と訴えます。これはジェネリックの性能が悪い訳ではなく、そもそも保湿効果が製品の効能効果ではないため、保湿効果についての同等性が評価されていないからです。

ヒルドイドのジェネリックにしたら効果が弱くなった、という患者さんが多いのはこのためです。薬効成分そのものが保湿性能を有しているのであればこんなことは起きません。

ちなみに、ヘパリン類似物質ではなくヘパリンの軟膏として「ヘパリンZ軟膏」という製品があります。有効成分はヘパリン類似物質と同様の酸性ムコ多糖類(しかも、類似物質ではない本物のヘパリン)なのですが、ヘパリンZ軟膏には「保湿」の効果はありません。

 

「ジェネリックの保湿効果はまちまち」で「保湿効果の弱いものがある」ことを考えても、「ヘパリン類似物質そのものに保湿効果がある」と考えるのはかなり無理があります。ヘパリン類似物質そのものに保湿効果があるなら、ジェネリックにも同等の保湿効果がないとおかしなことになります。私は、「マルホのヒルドイド製品の基剤などに若干の保湿性能があるだけ」というのが、本当だと思います。

 

ヒルドイドが皮膚科・美容領域で売り上げが急増したのは2014年からで、美容系のブログやSNS、美容医療機関に「ヒルドイドが良い」という記事が頻繁に掲載されてからのことです。その後、美容系、非美容系皮膚科でヒルドイドが保湿剤として処方されるようになり、保険診療、自由診療で大量に消費されるようになりました。ヒルドイドを販売しているマルホと言う会社の売上高は850億円ぐらいですが、このうち450億円がヒルドイドの売り上げです。「皮脂欠乏症」の適応症を取った後の2002年頃のヒルドイドの売り上げが200億円ぐらいだったので、250億円ぐらいが異常な美容領域での売り上げ、と言うことになります。こんなことが起きているのは日本(と日本から波及した韓国・中国)だけの現象です。

ヒルドイドは健常者が使用しても皮膚が赤くなるなどの症状が出ることはあっても、命にかかわることや後に残る後遺障害などがあまりない薬です。しかも先に述べたように、「一度使うとすぐ乾燥するので1日に2回も3回も塗りなおさなくてはいけない」ため、まさに麻薬の様に「薬自らが需要を作り出」して処方需要が途切れることなく続きます。しかも、ジェネリックと先発品のヒルドイドは製剤が異なり保湿性能が違うので、先発品であるヒルドイドの指名買いが増える、という魔法のビジネスサイクルになっています。

 

これを完全に自由診療でやってくれているのであれば別に問題はないのですが、保険を利用する人たちがいることが問題なのです。

効能効果ではない部分(保湿性能)の相違で先発品が選択されていること」が保険財政を圧迫していて、それが医療上の必要性ではなく「受診者(つまり患者)の希望」ならば、「希望する人は差額を払ってね」という論理で選定医療の対象とされてしまったのです。すべては「保険を使って美容目的のヒルドイドを処方してもらう人がいる」ことと、「美容目的と保険上必要な診療で使うヒルドイドが区別されていないこと」が原因です。

今のところ保険で使用している分については、とりあえず「皮脂欠乏症」という病名が付いているので、保険者側がジェネリック相当額部分は給付するが、それを超える部分の25%は自己負担してね、ということですが、いずれ差額全部が自己負担になることでしょう。

本当にヒルドイドを必要としている患者さんたちにとっては、ただの巻き込まれ事故ですから迷惑な話です。

 

私も、ヒルドイドと同じように美容と保険の両方で使われる製品を担当したことがありますが、保険用と美容用で異なる商品名をつけて適応症を変えて、流通を区別することで保険に負担がかからないようにしていました。そうすることで売り上げは少々伸び悩みますが、企業がそういう努力をしておかなければ、いずれ今回のような事態を引き起こす、と予想していたからです。ヒルドイドを製造しているマルホさんがそういう工夫や努力をしてくれていれば、患者さんに迷惑がかかるようなことにはならなかったのに、と思うと残念でなりません。

 

そもそもマルホ自体が、マルホのホームページで「ヒルドイドの塗り方」ではなく「保湿剤の塗り方」というタイトルで、ヒルドイドの塗り方としか思えないビデオを提供しています。マルホは、「ヒルドイドには保湿と言う適応症はない」ことは十分わかっているので、わざと「保湿剤の塗り方」というタイトルにしているのです。かなり巧妙なやり方ですが、異常な美容用途が原因でヒルドイドが選定医療の候補に挙がっていることは数年前から言われていたことなのに、本当にヒルドイドを必要としている患者さんに迷惑が掛からないような対策も立てずに、こんな「保湿剤用途を増やす」ようなことを一生懸命やっているのは「製薬会社のビジネス倫理としていかがなものか?」と思います。私がマルホのコンプライアンス担当役員だったら絶対にこういう点を指摘していたでしょう。製薬会社の安易な販売方針で患者さんが迷惑を被るのは困ります。

 

美容目的で自費でヒルドイドをお買い上げになる方に「それ効かないよ」と言って邪魔をする気はありませんが、こんな状況になってしまったのでヒルドイドを使った治療を必要としている方はジェネリックを使うか、追加料金を払ってヒルドイドを使うか、いずれかを選ばなくてはいけません。ヒルドイドを保湿剤として使用しているアトピー性皮膚炎の方は「ヒルドイドに頼らずに保湿をする方法」を探すのも1つの手だと思います。

 

当院は皮膚科ではないので皮膚科の先生のところのように多くのアトピー性皮膚炎の患者さんを診察している訳ではありませんが、「ステロイドやコレクチムで皮膚をしっかりきれいに治す」ことと「グリセリンやワセリンで皮膚をしっかり保湿する」ことだけでヒルドイドを使わなくて良くなった方が何人もいらっしゃいます。難しい治療のコツがある訳ではないので誰でもできます。保湿剤には薬局で売っているニュートロジーナやヴァセリンのものを使っています。何年にもわたって毎月何千円ものお金をかけてヒルドイドをもらっていた方が、ただこの2点の治療をしっかりするだけで、ヒルドイドを使わなくても済むようになっています。その後の再悪化もしていません。

これを機会に一度「ご自分にはヒルドイドが必要かどうか?」を考え直してみるのも良いかもしれません。

 

(2024.04.26 追記)

あ、そうそう、最後に1つ大事なことを言い忘れていました。

日本の皮膚科の先生はよく、ステロイドとヒルドイドを混ぜて処方することがありますが、薬を作っている側からすると、あれは本当にやめていただきたいのです。

塗り薬を製剤設計をする時に、どのような基材にどのぐらいの濃度で混ぜると、どの位の皮膚への浸透性があって効果が出るのか、副作用はでないのか、というようなことをいろいろと検討したうえで「この調合にしよう」と決めているのです。

それぞれの薬剤にはそれぞれの最適な調合があるので、混ぜ合わせたときの効果については全く保証できません。皮膚科の本にはローションだから混ぜてよい、とか、軟膏だから混ぜてよい、とか書いてありますが、混ぜ合わせると濃度は変わってしまいますし、基剤の相互作用も生じて何が起きているのかわからなくなります。

塗り薬は1つずつ、少し時間をずらして塗布するのがベストです。

経皮ステロイド剤は、サランラップで密閉パックをしたり、大量に大きな面積に塗布したりすると、血中濃度が経口ステロイド並みに上がることもあるくらい吸収性が容易に変化します。経皮ステロイド剤とヒルドイドを混合するとステロイドの吸収が良くなって血中濃度が上がった、と言う報告があります。一般的に、外用剤は血管拡張作用や血流増加作用のある薬剤と混合塗布すると、吸収性があがって血中濃度が上昇します。ヒルドイドの成分のヘパリン類似物質には血管拡張作用や血流増加作用があるので、ヒルドイドと他の外用剤を混合すると、混合した薬剤の血中濃度が上昇するのはある意味当然のことです。

 

程度はともあれ、ステロイドの血中濃度が上がると全身作用が強くなって副作用のリスクが高くなります。アトピー性皮膚炎などの場合にはステロイドの血中濃度が上がると全身作用のために症状が良くなります。アトピー性皮膚炎と喘息が合併している方では喘息が良くなることもあります。そのくらい血中濃度の上昇は全身に影響します。逆に、今までステロイド+ヒルドイドの混合剤を塗っていたものを、経皮ステロイドとヒルドイドを混合しないで別々に塗るようになると、ステロイドの吸収性が低下するため全身作用が少なくなって症状が悪化することがあります。このため、「やっぱり混ぜてもらっておいた方がいいや」と混合剤を希望なさる方もいます。しかし、外用剤は「全身投与の副作用を減らすために、血中濃度が上がらないように外用で使おう」というのが出発点ですから、ステロイドの全身作用がでるのは、喜ばしいことではありません。

では、逆に、ステロイドとヒルドイドを混ぜたときのヒルドイドの保湿性能がどうなるのかというと…混合で保湿性能は大きく低下します。混合で濃度が低下したので当然の結果です。ステロイドに限らず、ヒルドイドと他の塗り薬を混ぜるとヒルドイドの保湿性能は低下して皮膚がすぐ乾燥するようになります。ヒルドイドの保湿機能を期待しているのであれば、ヒルドイドと他の塗り薬との混合はお勧めできません。

それどころかヒルドイドとステロイドを混合している場合には、頻回に塗布することにより、皮膚から吸収される総ステロイド量が増加します。ただでさえヒルドイドとステロイドの相互作用でステロイドの吸収性が高くなっているのに、頻回塗布をするとそれをもっと増やしてしまうことになります。「混合製剤に調剤するとよく効く」のにはこういう側面もありますが、ステロイドの副作用のリスクは各段に大きくなります。

どうぞみなさんご注意ください。

 

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