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ノババックスのワクチン(ヌバキソビッド)についての誤解をとく(追記しました)

ノババックスのワクチン(ヌバキソビッド)についての誤解をとく(追記しました)

ノババックスのワクチンについて、SNSなどで「国産の安全なワクチン」というコメントをしている医師やコメンテーターがいるようなのですが、明らかに間違いなので、コメントしておきます。

1 「国産ワクチン」という誤解

  ノババックスのヌバキソビッドはあくまでも米国で作られたワクチンです。ノババックスは小さい会社で世界に供給できるような製造施設を持っていないため、各国の製薬会社に製造をしてもらっているので、「日本では武田が日本国内で製造をする」、というだけです。武田はこのワクチンの研究開発には一切関わっていません。しかも武田が国内製造するのは抗原部分だけで、もう1つの重要なコンポーネントであるマトリックスMについてはAGC(旭硝子)の子会社が海外工場で製造することになっています。ノババックスのワクチンを「国産」という理解をするのであれば、国内のJCRファーマが国内供給分の製造を担当していたアストラゼネカのワクチンも「国産」と表現するべきです。いや、逆にアストラゼネカのワクチンは国内製造はすべてJCRが行い、充填作業なども第一三共やKMBなどがやっていたのですから、よほどこちらの方が「国産」です。

  ノババックスのワクチンの承認に用いたデータの大半は海外データです。評価の主資料は米国で行われた30,000例の第III相試験であって、国内の臨床試験はI/II相の200例と、追加接種試験の150例のみです。これからも有効性安全性データの主体は海外データであることが分かります。

  武田という国内企業が作っているから安全だろう、という言い方もあるかもしれませんが、武田はデング熱ワクチンの海外治験でADEを起こしたことがありますから、「国内企業だから平気」とも言えません。

  つまり、ノババックスのワクチンは「国内で一部製造している」だけの海外ワクチンであり、国産ワクチンではありませんし、このことから安全とは言えません。

2 「従来タイプのワクチンだから安全」という誤解

  確かに「抗原たんぱく質と免疫増強剤(アジュバント)の組み合わせ」というのは古くからあるワクチンの構成ですから、その意味では「従来タイプ」なのでしょうが、「従来タイプだから安全」と言う訳ではありません。SARSやMARS、デング熱ワクチンなどで「ワクチン投与後に感染した場合、ワクチン投与をしていない人に比べて重症化する」という抗体依存性免疫増強(antibody-dependent enhancement : ADE)という現象が出たのも従来タイプのワクチンです。そもそも「従来タイプ」であってもアジュバントの種類によって副反応の状況・プロファイルは大きく異なります。

  ノババックスのワクチンの抗原たんぱく質は「ノババックス社が開発した遺伝子工学の技術を用いて免疫原性の高いタンパク質」を使ったもので、抗原たんぱく質自体は遺伝子改変されているため、多数例による安全性評価が必要です。ワクチンは健常者に投与するものであって、しかも、投与されてから抗体形成まで数週間かかります。この点が病気の治療に使う医薬品と大きく異なるところです。「強い免疫反応を引き起こす」という物質は、もしウイルスやほかの抗原物質が投与部位近くに存在するとそれも一緒に免疫してしまう可能性があります。その結果、自己免疫疾患が発症するリスクが否定できません。「強い免疫反応を引き起こす」のは蛋白だけではなく、このワクチンに用いられている免疫増強剤マトリックスMと呼ばれる新規のサポニン系アジュバントについても同じです。特にアジュバントMは抗原提示能力が高いため「抗原とアジュバントを同時投与しなくても免疫提示能力を増強させる作用」があるというデータがありました。これは、「同時投与されたものではない抗原も抗原提示する」可能性がある、ということですから、自己免疫疾患の引き金になる可能性を否定できません。

  このような機序で生じる自己免疫疾患の発現頻度は低いうえにnon-isolated(一見因果関係がないように見える)有害反応なので、大規模な安全性解析が必要です。30,000例程度の治験では安全性評価が十分とは言い切れません。

  「従来タイプだから安全性が高い」とは言えないのです。

3 「副反応が軽い」という誤解

  ノババックスのワクチンはmRNAタイプに比べて、確かに発熱に関しては10%程度と頻度が少ないようですが、それ以外の副反応がないわけではありません。副反応は発熱や疼痛だけではありませんし、あえて誤解を恐れず言わせて頂ければ、「数日で自然に治る発熱や疼痛」であれば、ある程度の高い頻度で副反応が発現したとしてもワクチン設計上はあまり問題にしません。ワクチンは「死亡したり、生命危機を伴う重症化をしたり重篤な後遺障害を残したりする病気を予防する」のが目的ですから、この効果に見合うような安全性のバランスで評価します。決しては発熱や疼痛を無視するとは言いませんが、後遺障害を残したり、重篤な生命危機を生じるような重症な反応の評価が重要なのです。繰り返し言っていることですが、ノババックスのアジュバントの自己免疫疾患の誘発のリスクはmRNAタイプのワクチンに比べて高い可能性があります。副反応の評価はは局所疼痛や発熱のように打った本人がすぐにわかる反応だけに着目してはいけません。もっと大きな、重大な副反応がないかどうか、大きな臨床試験や市販後調査できちんと調べなくてはいけません。

  ノババックスのワクチンは、2022年6月3日現在、米国FDAは米国内での使用を承認していません。「なぜノババックスのワクチンが米国で承認されていないのか?」というと、FDAが安全性について懸念を持っているからです。実際、30000例の接種例中に4名の心筋炎が報告されています。これは非常に高い発生頻度で、FDAも公式に問題視しています。

  発熱が少なくても心筋炎が多いのでは「副反応が軽い」とは言えません。

4 「効果が高い」の誤解

  他のメーカーも従来型のワクチンであれば技術的に作成可能なのに、ノババックスのワクチンだけが効果が高いのは、

  1)抗原たんぱく質に遺伝子工学的改変を加えて抗原性を高めていること

  2)サポニン系新規アジュバントを併用して免疫反応を増強していること

  が大きな理由です。もちろんこれはワクチン技術としては優れているものではあります。しかし、同様の技術改変を加えたワクチンは過去にも多数あり、そのいずれもが、安全性の問題で承認されなかったり、消え去ったりしています。ワクチンは効果が高ければよい、というものではありません。パンデミック時にはある程度安全性よりも有効性が重視されるのは仕方ありませんけれど、エピデミックに移行した時期に用いられるワクチンは高度な安全性が求められるます。この評価のためには、30000例程度の臨床試験では少なすぎます。

mRNAタイプのワクチン、特にファイザーのものについては、過去2~3年で数億人の接種データが得られています。これだけ短期間にこれだけの大きな数の接種データが得られており、大きな有害事象の報告がないのは非常に優れたワクチンであることの証拠です。今現在ではこれに勝るものはない、と考えてよいと思います。

新しい製品が国内大手メーカーから発売されると、よくわからないのに「これはいい」という提灯記事を書く「ニセモノ専門家」が必ず現れて宣伝塔の役目を果たします。残念ですがSNSやメディアで声高にいろいろと言っている人のほとんどは「何もわかっていない」人の方が多いのです。

ワクチンは健常者に使用するので、求められる有効性と安全性のバランスが通常の医薬品とは異なります。また、重症例の多いパンデミック初期と、比較的軽~中等症が多いパンデミック後期やエピデミック時では、要求される安全性と有効性のバランスは異なります。私はいくつものワクチンについて開発計画立案前の導入の検討段階から承認取得まですべてのプロセスを行ってきました。もちろんワクチンだけではなくいくつもの医薬品についても同様です。残念ですが、私と同等かそれ以上の開発経験を持っている人は、メディアやSNSにはいません。私のチームの一番若手のメンバーのレベルにすらたどり着いていない人が多いのです。出来上がったワクチンを使うだけで、ワクチンの開発の最初から開発計画を立てたことがない「ニセモノ専門家」の人たちはそういう人です。

それに加えて政策的な誘導も影響します。経済活動の再開を行いたい政府としては、大した治療薬がない現状ではワクチンの接種率を伸ばすことしか打てる手がありません。ファイザーを打ちたい人はもう打ってしまっていますし、モデルナは2回目の用量設定を多く設定してしまったために副反応が多発して人気がありません。このような状況では「新しい安全な国内ワクチン」と宣伝して今までのmRNAワクチンに腰が引けていた人たちを引き込むのは以外、接種率を上げる方法がないのです。過去の経験から言うと、おそらく電〇や博〇堂のような大手広告代理店が入って「わかりやすいメッセージ」を作っているはずなのですが、彼らも内容がよくわかっているわけでは無いので、イメージ戦略に走っているのです。

ちなみにモデルナの国内承認をとったのも武田です。私は「モデルナの2回目の用量は多すぎるから半量にしないといけない」と言ったのですが、「海外データで安全性が確認されているから海外用量で設定する」と言ってごり押ししたのは武田のチームです。結局3回目は2回目の半量になっていますが。国内データをしっかり評価せずに海外データだけで設定するなら、何のために国内臨床試験をやったのか…「承認取得のための通過儀礼」と言われても仕方ありません。「国内臨床試験の例数が少なかったからわからなかった」というのが理由なら例数を増やして治験をすればいいだけです。この時期なら国内治験で1000例2000例集めるのに1~2か月もあれば十分です。それなのにノババックスでも150例やら200例の小規模試験で、海外データも少ないのに国内仕様の承認を取っている神経は理解に苦しみます。

少なくとも、今の段階で「ノババックスのワクチンはファイザーより安全だからどんどん接種しましょう」とは言えないと思います。

モデルナはもともと抗体価の上昇はよいので、2回目の用量設定が3回目と同じように半量になるなら、モデルナワクチンの評価はもっといいものになっていたでしょうし、話は変わていたのかもしれません。しかし、今現在の状況では、日本国内で最も安全に使用できて有効性が明確なワクチンはファイザーのものだと思います。

追記:

このブログのコメントにいくつかのご質問を頂きました。

まず、ヌバキソビッド筋注に関する審議結果報告書14ページの「本薬(ヌバキソビッド筋注)及びMatrix-M1の作用機序について」に、

「Matrix-M1 と抗原(エボラウイルスタンパク質)をマウスの異なる部位又は時期に接種した場合、 アジュバント効果は示されなかったが、Matrix-M1 と抗原を同じ部位及び同じ時期に接種した場合 は、同じ流入領域リンパ節を標的とすることにより抗体誘導が増強し、局所的なアジュバント効果が認められた(CTD 4.2.1.1-11)。」という記載がある、とのご指摘を頂きました。

もちろんこれは事実ですし、単回投与時の動態としては正しいのだと思います。

Matrix Mはサポニン系のアジュバントとしては歴史があり、もともとスウェーデンのIsconova ABが開発していたものです。ノババックスが2013年にIsconovaを買収してMatrix Mを手に入れました。長い歴史のわりにMatrix Mの作用機序は解明されているとはいいがたく、2010~2012ぐらいのIsconova時代の非公表データの中に「12時間程度の時間差をおいてMatrix Mと同部位に投与した抗原の免疫増強反応が見られた」というデータがありました。Isconova自身が発表したJ.Reimer et. Al: Matrix-M Adjuvant Induces Local Recruitment, Activation and Maturation of Central Immune Cells in Absence of Antigen, PLoS One, July 2012, Vol.7, Issue 7, 1-9 には、「Interestingly though, unpublished data show that  premixing of  Matrix-M and  influenza  antigen  is  not required  to  mount  a  potent  humoral  immune  response.  Matrix-M and  antigen  could  be  administered  up  to  24 h  apart  with sustained IgG1 and IgG2a antibody responses.(興味深いことに、未発表のデータは、強力な体液性免疫応答を得るためにはMatrix-Mとインフルエンザ抗原の事前混合[同時投与]が必要ではないことを示している。 Matrix-Mと抗原は、IgG1とIgG2aの抗体応答が持続する状態で最大24時間の間隔を置いても投与できる。)」という記載もあります。ノババックスがIsconovaを買収した後にはこのデータの詳細についての公表はありませんが、当時、アジュバント研究者の間では結構話題になった話です。

また、「臨床試験からは自己免疫疾患を含む免疫介在事象が増えたというデータはない」とのご指摘もいただきましたが、30,000例程度の臨床試験結果で自己免疫疾患を含む免疫介在事象が認められるなら、30~100ppmを超えるあり得ない高頻度での発現率になります。ヒトでの使用が限られた経験しかない新規アジュバントが添加されており、また、抗原に手を加えて抗原性の増強を図っているのならば、安全性に関する情報集積は非常に重要です。諸手を挙げて「新しい安全なワクチンが来た!バンザイ!」という訳にはいかないことにご注意ください。

また、「ワクチンで自己免疫疾患が生じうる」のは「自己免疫疾患患者において高いわけではありません」。通常、「ワクチン投与で自己免疫疾患が生じうる」のはどんな人に対してもありうる話であって自己免疫疾患の有無には関係ないと考えてよいと思います。

 

 

 

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