オーストラリアはこれから冬に向かいます。日本と季節が逆なので、オーストラリアのサンタクロースはクリスマスにはビーチでくつろいでいるんです(暑そうだけど…)。
インフルエンザは冬に流行するので、オーストラリアのインフルエンザシーズンは、日本の夏、7月~10月ぐらいです。
さて、日本でも2020年、2021年とほぼインフルエンザは発生しなかった訳ですが、オーストラリアでも同様にほぼ患者発生は認められませんでした。
テレビでは「手洗いが進んだからインフルエンザが減った」とかボケたことを言っていましたが、手洗いの頻度なんて関係なく、世界中でインフルエンザが減ったのです。もちろん、たいして手洗いや消毒をしない国でもほぼゼロでした。
ところが今年、2022年。
赤い線が今年のインフルエンザの発生患者数です。4月頃から急激にインフルエンザが発生していることが分かります。しかも、例年のカーブより急上昇しています。
では、この感染の年齢分布をみてみましょう。
若年に多く発症者が出ていることが分かります。スペイン風邪の時と同じです。成人・高齢者は「過去のインフルエンザ感染」によってある程度の免疫を獲得しているので、比較的重症化しませんが、若年層は「過去のインフルエンザ感染の病歴」がないか、少ないため、重症化しやすいのです。
当院のブログやワクチンのご説明の際にも何回もお話をしているように、この3年に生まれた子供たちはインフルエンザに感染したことがありません。だって、インフルエンザが流行していなかったのですから。4歳以上の子供たちもインフルエンザの免疫を十分には持っていません。
こういう免疫状態の集団にインフルエンザが感染すると一大流行になります。
同様の現象は日本では2020年、2021年にRSウイルスでみられました。RSウイルスは新生児に多く感染する呼吸器感染症のウイルスです。
2020年はコロナに押されてRSウイルスがほとんど流行しませんでした。一部専門家は「手洗いが原因で減った」とか言っていましたが、2021年になってRSウイルス感染症は保育園で前代未聞の大流行を起こしました。手洗いレベルは2020年と2021年で大した差がないでしょうに、驚くほど患者数が激増したのです。
これは、保育園に「RSウイルスに感染したことがない赤ちゃん」が大量に入園した結果生じた現象です。保育園に先に入園している「先輩たち」はRSウイルスの抗体を持っていますのでRSウイルスによって大した症状を出すわけではありませんが、「RSウイルスに接触したことがない赤ちゃん」が保育園に入園したことによって、RSウイルスの格好の餌食になってしまったのです。
繰り返しますが、インフルエンザはこの3年間流行していませんでした。つまり、2019年、2020年、2021年生まれの子供たちは、インフルエンザウイルスに対して免疫を持っていません。この上の子たちはもう幼稚園に入っていますが、彼らの人生の最初の1~2年にインフルエンザに少し出会ったことがあるだけです。小学校入学後の年齢層であっても、10歳以下ぐらいの層はインフルエンザに暴露された機会が少ないので、十分な免疫レベルを持っているとは思えません。ましてや、インフルエンザワクチンを打っていない、あるいは、打ったことがない、ならばなおさらです。
「インフルエンザワクチンは効かない」ということを声高に言う方々がいらっしゃいます。データを見ていると、一定の重症化予防効果はあるにせよ、確かに効果の高いワクチンではないように見えます。ただ、このデータは、「インフルエンザが過去持続的に自然流行している環境下で得られた」データです。ワクチンは「ニセの感染モドキを起こして体に免疫を覚えさせる」のが本来の目的ですから、その効果を最大限に発揮するのは「過去に出会ったことのない感染症」についてです。
例えば、小児麻痺(ポリオ)という病気があります。日本では1949年ごろから国内発生が見られるようになり、1960年に北海道を中心に全国的に大流行して多くの子供たちが感染し障害を残しました。このため、お母さんたちが中心になってワクチン緊急輸入の活動を行い、ソ連やカナダから、使用し始めたばかりのポリオの生ワクチンを緊急輸入して、治験も行わずに子供たちに投与しました。これによってまたたく間に流行が抑圧されたのです。1963年からはポリオワクチンの定期接種が始まり、日本のポリオ患者は激減しました。しかし自然感染患者が激減したことにより、しかも近年不活化ワクチンに移行したことにより、日本ではポリオウイルスに「自然に」接することがなくなってしまいました。
このような状態で、もしポリオワクチンを打たなかったらどうなるでしょう?自然感染があり得ないので、ワクチンを打っていない子供は「完全に無防備」です。もしワクチンをうっていない子供がたくさんいるところにポリオウイルスが入ってきたら、大流行を起こしてしまいます。
ワクチンはその特性上、「新規感染症に対しては絶大な効果を示す」のですが、「継続して常在している感染症に対しては効果が少ないようにみえる」のです。
新生児から小学校低学年ぐらいの「インフルエンザウイルスに十分に出会ったことがない」子供たちには、たいしてインフルエンザが流行していない時期だからこそ「感染モドキ」としてインフルエンザワクチンで基礎免疫を付けておく必要があるのです。
しかも、10年前と今では女性の社会進出状況が全く異なります。10年15年ぐらい前までであれば、お子さんが熱を出して寝込んでいても、お母さんが家で診ていてあげることもでき、その間お父さんが仕事をすることができました。
しかし、近年では女性の社会進出が進み、低年齢の子供が保育園や託児施設を使用することが多くなってきました。子供がインフルエンザに感染すると、他の子供に感染が広がる可能性があるので保育園や託児施設を利用することができません。そうするとお母さんかお父さんが子供の面倒を見なくてはいけませんから、どちらかが仕事を休むことになります。もちろんテレワークでも良いのかもしれませんが、テレワークではできないような窓口業務、接客業務、現場業務、工場勤務などの場合だって多くあります。実際コロナの真っ最中ですら、テレワークが一部分でもできなかった方が80%ぐらいを占めていたはずです。「全員テレワークにすればいい」と言っているコメンテーターの人たちは、きっとコンビニに買い物には行かないのでしょう。
「子供が感染症にかかった時にどうやって子供の看護を行い、両親の労働を確保するのか」という議論が日本では全く行われておらず、対策もないのです。
こういう中では、できるだけ感染しないようにする方法があるならそれを選択しておく方が良いと思のです。ですから、お子さんにはもちろんですが、ご両親もできるだけインフルエンザワクチンを打つようにお勧めしています。
ただ、日本のインフルエンザワクチンメーカーは日本国内用インフルエンザワクチンしか製造していないので、すべて北半球用です。しかも相変わらず鶏卵培養で作っているので、製造工程が日本の冬にターゲットされており、10月にならないと接種を開始できません。
また、季節性インフルエンザワクチンはA型2種類(H1N1、H3N2)とB型2種類の合計4価のワクチンになっているので、この4種類を順番に全部作って混ぜ合わせないと製品になりません。どれか1つが欠けても製品にはならないので、季節性インフルエンザワクチンの供給を早めることは事実上不可能です。
海外のワクチンメーカーも事情はあまり変わりません。世界で唯一グラクソ・スミスクラインだけが南北両半球に季節性インフルエンザワクチンを供給するために4価を並行で作れますが、供給計画はすでに埋まっていますし、そもそも季節性インフルエンザワクチン用のWHO選定株と日本の選定株が異なるので海外製ワクチンを買って国内で使うのも難しいですね。
前回2009年の新型インフルエンザの時に細胞培養型インフルエンザワクチンの施設や技術導入を行ったのですが(私は技術導入元の導入支援チームにいました)、この技術は1価の「パンデミック用」となっており、季節性インフルエンザワクチンの製造には利用されていません。しかも北里第一三共のように、細胞培養ワクチンの製造プロセスの立ち上げに失敗した会社もあり、突然の季節性インフルエンザ流行には対応できないでしょう。
オーストラリアの冬は日本に先行していますから、今年は日本でもインフルエンザが流行すると考えた方がよいです。
オーストラリアのレポートは誰でも見ることができます。リンクはこちらです。
https://www1.health.gov.au/internet/main/publishing.nsf/Content/cda-surveil-ozflu-flucurr.htm/$File/flu-06-2022.pdf
<追記>
2022年6月23日 17時08分 小学校でインフルエンザの学年閉鎖 都内公立校 おととし以来
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220623/k10013685411000.html
東京 立川市の立川市立第六小学校で、3年生45人のうち14人がインフルエンザに感染し、インフルエンザによる学年閉鎖が行われました。
都の「専門家ボード」の座長で東北医科薬科大学の賀来満夫特任教授は「オーストラリアの例を見ると、日本でもことし、インフルエンザが流行する可能性がある。新型コロナとの同時流行にも対応できるよう準備を進めていくことが大変重要だ」と指摘していました。
というニュースが入ってきました…