「肩こりがひどい」、「頭痛がよくある」、という方、その原因はノートパソコンかもしれません。
日本でコンピュータを仕事に使い始めた1980年ごろから肩こりや頭痛を訴える方が多く出るようになり、「キーパンチャー病」などと言われていました。これが
キーボードやディスプレイを使った作業によるものだ!
ということが分かり、VDT症候群(Visual Display Terminal Syndrome)と言われるようになりました。
当時のディスプレイはテレビ画面で今ほど大きなものではありませんでしたから、解像度の悪い小さなテレビディスプレイを目を凝らして見なければならず、マウスもなかったのでカーソルキーやコントロールキーを使ってカーソルを動かしていたので、背中を丸めて首を前に伸ばして仕事をしていました。
この結果、肩こりや頭痛、腰痛、背部痛、眼精疲労やドライアイ、視力低下を訴える方が多発し、場合によってはうつ症状なども発症したので、当時の労働省は昭和60年12月に「VDT作業のための労働衛生上の指針について」という指針を発出しました
その後、マウスなども使用するようになり、また、IT化がどんどん進んで多くの人がコンピュータを利用した作業をするようになったため、厚生労働省は、平成14年4月に昭和60年に定めた指針を全面的に改めて「VDT作業における労働衛生管理のためのガイドライン」を発出しました。
さらに、タブレットやタッチディスプレイの一般化などを踏まえて、令和元年7月に「情報機器作業における労働衛生管理のためのガイドライン」が策定されました。
私たちがオフィスで働く場合には、事業所はこの「情報機器作業における労働衛生管理のためのガイドライン」を遵守する必要があります。
このガイドラインは、
1)作業環境管理:情報機器作業を行う環境の整備方法(例:ディスプレイの明るさ、情報機器や机・椅子の選び方)
2)作業管理:情報機器作業の方法(例:一日の作業時間、休憩の取り方、望ましい姿勢)
3)健康管理:情報機器作業者の健康を守るための措置(例:健康診断、職場体操)
4)労働衛生教育:作業者や管理者に理解してもらうための教育
の4つの柱で構成されているのですが、テレワーク/自宅就労が長くなった昨今の問題は1と2です。
オフィスに比べて家の照明は暗いことが多く、最近では昼光色を使っていることもあり、十分な照度が得られません。
またオフィスのデスクの高さは決められており、椅子に座って仕事をするようになっており十分な広さが決められていますが、家ではそんなに広い机を独占することは難しいですし、そもそもテーブルの高さは各家庭でまちまちです。場合によってはローテーブルやこたつで床の上に座り込んで仕事をしなくてはなりません。
また、モバイルサイズのPCは13~14インチぐらいのものが多く、ディスプレイを見る視線が下向きになります。
また、キーボードとディスプレイが分離できない上、キーピッチが狭いものが多いので必然的に肩や手が内向きになります。
また、キーボードに傾斜がついていないため、上段のキーを打つためには指を無理に伸ばさなくてはいけないので、キーボードの上に乗りかかるような姿勢になることが一般的です。
この状態では首が前に伸びて頭は首に吊り上げられているような姿勢になり、両手は狭く、肩は内側に向いて背中と腰を丸めているのが仕事の時の姿勢になりますが、こうなるともうメチャクチャです。
「海外ではテレワークが一般的で問題になっていない」という識者もいますが、海外で問題にならないのは当たり前です。
私が欧米で暮らして仕事をしていた時も、日夜を問わずテレワークをやってきましたが、全く問題にはなりませんでした。
だって、そもそも椅子と机の文化ですから、こたつやローテーブルで仕事をすることなんてありませんし、住居はそこそこ広いので仕事用のテーブルを用意して、ドッキングステーションを使ってディスプレイと分離型キーボードを使うのに何の問題もありません。
部屋の明かりは日本より暗いことが多いですが、そのため仕事机にはデスクトップライトをつけるのが一般的なので問題ありません。
でも日本の住居は欧米の住居とは全く異なります。
欧米に比べて住居は狭く、住居はプライベート、オフィスは仕事、教育は学校や塾、と分かれていることで成立してきました。
そこに、テレワーク、リモートワーク、オンライン授業などでオフィス、学校、塾などの役割を一気に住居に持ち込んだのですから、パンクしない方がどうかしています。
ことに東京に限らず若い人たちはワンルームなどの比較的狭い住居に住んでいることが多く、「テレワークで一日中家で仕事をして、仕事が終わったらご飯を食べて寝る」生活圏がすべてワンルームの中、というのは異常です。
言葉は悪いですが、ほぼ「座敷牢」か「独居房」みたいなもので、これでおかしくならない方がどうかしています。
もちろん地方では広い住居が確保できていることもあるでしょうが、オフィス環境と住宅環境では机や照度といった就労環境が全く異なることには変わりがありません。
ガイドラインでは企業は「オフィスとテレワークの環境が同等になるように努力する」ことになっていますが、家庭の就労環境整備は極めて困難です。家庭に照度計を貸し出して机の盤面照度を測定しようとしたこともありましたが、「それで照度が低いことがわかっても、どういう対策も打てない」という会社の一言でおじゃんになったこともあります。
テレワークを推進しておきながら、家庭での就労環境を指導しない企業は「いかがなものか?」と思います。
家にディスプレイを追加することは難しくても、1000円~3000円ぐらいのノートパソコンスタンドと、キーピッチのゆったりした傾斜のつけられる分離型のキーボードと、ある程度の大きさのあるマウスを使うだけでも視線が上を向いて、キーを打つ姿勢が良くなることで、驚くほど楽になります。
院長は自宅では
ノートパソコンスタンドはFOBELECノートパソコンスタンド 、
キーボードはエレコム Bluetooth マルチペアリング対応キーボード(スタンド付き) TK-FBM111BK
マウスはバッファロー 5ボタン Bluetooth 5.0 Blue LED マウス BSMBB305
を使ってHPのノートパソコンを使っています。アマゾンで全部で5000円ぐらいでした。
キーボードは フルキーボードなら、バッファロー Bluetooth5.0 対応 BSKBB105BKでもいいかもしれないです。
また、仕事をする机の高さは家でもカフェでも70cmぐらいの高さの場所を選ぶようにすると断然楽です。
実際、慢性の頭痛で当院にいらした女性に、
1)ノートパソコンスタンド
2)安くても良いので傾斜のつけられるキーピッチの広いキーボード
3)手のひらが乗せられるくらいの大きさのマウス
を使って、家の机の上で仕事をするように、とご指導したところ、2週間後に再来院された時には
頭痛が全くなくなっただけではなく、目の疲れ、ドライアイまで治ってしまった
ことがあります。
なお、中高年の方の場合には、ピントグラスという「累進多焦点レンズを使った老眼鏡」を使うと、より一層楽になることがあります。
ピントグラス(https://man-maru.myshopify.com/)は今までの老眼鏡に比べて目の焦点が合う範囲が広いので、机の上での作業で目が疲れにくくなります。一度使い始めると手放せなくなります。
また、仕事の前、昼休み、仕事の後には、家を出てお散歩に行くようにしましょう。テレワーク中に万歩計をつけておくとよくわかりますが、1日の歩数が数百歩、ということもあって驚きます。日の光を浴びて歩くことは気分転換だけではなく、精神的にも重要です。
若い女性でコロナに罹患して10日間を自宅ワンルームで安静にした後、会社に行こうと思ってハイヒールを履いて出かけたら、駅の階段でこけてケガをした方がいらっしゃいました。若くても動かないことは予想以上に体の力を奪いますし、日の光をあびないことは精神的にもよくありません。
働くお母さんの場合には、お昼ごはんにも要注意です。
オフィスで働いていた時にはお昼のランチに出てくる小さなサラダや付け合わせのヨーグルトなどが少しずつでも体に良い影響を与えていたのですが、家で子供の面倒を見ながらのテレワークでは、昼食が「子どもの好きなものや手軽にできる料理、麺類など」に偏りがちです。
お母さんの体の健康のためのサラダを1品とヨーグルトを、昼食か夕食に付け加えて頂くだけでも良いのでお願いします。
私も外資系企業の役員をしていましたし、海外勤務もしていたのでテレワークの必要性は十分に存じ上げているつもりです。
でも、働くみなさんの健康を損なうようなテレワークは絶対にやってはいけないことだと思っています。
VDT症候群から働く方々を守るために、30年も40年もかけて、ようやく作り上げてきたVDT作業のガイドライン、つまりは「オフィスワーカーが安全に働くための環境のガイドライン」が、「テレワークの導入」という一言で吹き飛ばされるのは困ります。
働く環境を守るためのガイドラインはいろいろな職種にたくさんあります。工場で働いている方が「コロナで人出がいないから」という理由でガイドラインを無視したら大問題になるはずなのです。
繰り返しになりますが、「VDT作業のガイドライン/情報機器作業における労働衛生管理のためのガイドライン」は「オフィスワーカーが安全に働くためのガイドライン」なのです。
自宅でテレワークをされている方々はぜひご一考下さい。