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子宮頸がんウイルス(HPVウイルス)感染のリスク因子が「結婚」であることをご存じですか? ー 子宮頸がんウイルス感染についての誤解を解く

子宮頸がんウイルス(HPVウイルス)感染のリスク因子が「結婚」であることをご存じですか? ー 子宮頸がんウイルス感染についての誤解を解く

子宮頸がんや子宮頸がんワクチン(HPVワクチン)については、日本ではいろいろなデマや誤解がSNSやWeb、はてはメディアや議会で誤ったことを拡散している人がいて悲しいばかりです。

HPVワクチンは世界中で使用されており、オーストラリア、アルゼンチン、イギリス、アメリカ、カナダ、スイス、イタリア、オーストリア、ノルウェーなど約20ヶ国以上では男子にも使用されています。

オーストラリアは世界中でも最も早くからHPVワクチンを導入した国で、当初は女性のみが接種対象でしたが現在は男性も接種対象になっており、接種率も15歳の女子で80%近く、15歳の男子では75%と非常に高くなっています。

この結果「2028年にはオーストラリアからは子宮頸がんが消える」と言われているのです。

HPVワクチンはオーストラリア、アメリカ、カナダ、イギリス、ドイツ、フランスなどで2006年に導入されたのですが、ワクチン導入の効果は非常に大きく、「2016年までの10年間で、世界中で7200万人が接種し、HPV感染は90%も減少した」、といわれているぐらい実績のあるワクチンです。

HPVワクチンの安全性については世界中で評価されており、HPVワクチンの安全性は極めて高いことが分かっていますし、世界中でこれだけ広く使われて女性の健康を守っているHPVワクチンですが、日本では「HPVワクチンの副反応」とされるメディアの報道が相次いだこともあって、日本の厚生労働省は2021年まで接種の推奨を取りやめていました。

ようやく2022年になって厚生労働省も接種の推奨を再開してくれましたし、2023年からは中野区では男性の接種の助成も始まりました。ようやく日本も世界水準に戻ってくれるようで、本当に喜ばしいことです。

 

さて、HPVワクチンだけではなく、子宮頸がんについても日本ではいろいろとデマが流れているのですが、その中の1つに

「HPVウイルスに感染して子宮頸がんになるのは多人数性交渉の結果だ」

というものがあります。事実は全く異なるのですが、不幸にも日本では一部のメディアなどが誤った情報を流しているので子宮頸がんの罹患者の方やご家族が、あらぬ中傷を受けたり、誤った理解から互いを責めて悲しいことが起きたりしています。

嘆かわしいことです。

HPVウイルス感染のリスクが性交渉であることは間違いないのですが、HPV感染による子宮頸がん発がんの最も重要なリスク因子は多人数性交渉ではありません。「結婚」が最も高いリスク行動なのです。

私は2005年以来、アメリカ、イギリス、フランス、ベルギー、スウェーデン、インド、オーストラリアなどのHPVの専門家や公衆衛生の専門家と何度も議論をしてきたのですが、全員が全員、

「HPV感染による子宮頸がん発生の最大のリスクファクターは結婚であって、多人数性交渉ではない。」

と言います。

これは2005~2006年にはすでに欧米のHPVの研究者や公衆衛生の専門家の間では常識になっていたことです。

欧米のようなキリスト教圏やインドのヒンズー教圏などのように、特に結婚に処女性を求める保守層が多くいる国で、「多人数性交渉の結果生じる病気のためのワクチン」なんていうものが国を挙げて接種することが支持される訳もないので、「多人数性交渉がリスクだ」なんていうのが間違いだと言うのは、少し考えればわかると思うのですが。

 

これは簡単な感染モデルを考えると理解できます。

女性が性交渉をしてHPV感染をする過程を、2つのサイコロに振り分けます。

1つ目のサイコロは「HPV保有男性かどうか」、のサイコロです。2つ目のサイコロは「HPV感染が成立して子宮頸がんが発生するかどうか」、のサイコロです。

サイコロを振るのは多人数性交渉が主で毎回異なる男性と性交渉をするAさんと、結婚相手のご主人との性交渉の経験しかないBさんです。

AさんもBさんも2つ目のサイコロの「HPV感染が成立して子宮頸がんが発生するかどうか」という過程は同じものですから、ここには差はないはずです。

大きな違いは1つ目のサイコロにあります。

Bさんは毎回の性交渉相手は結婚相手のご主人だけですから、1つめのサイコロがありません。

1つ目のサイコロを振るのではなく、「HPVあり」か「HPVなし」の2つから1つを選んでしまっています。

「HPVあり」を選んでしまった場合、Bさんの性交渉は毎回HPVあり、の状態で2つ目のサイコロを振ることになります。この場合には毎回HPVありの選択になるので「高リスク群」になります。

もちろん最初に「HPVなし」を選んでいれば性交渉は毎回HPVなしの選択になるので、2つ目のサイコロにかかわらずHPV感染の確率は0になります。

最近の調査では男性のHPV保有率が31%ぐらい、発がんHPVの保有率が21%ぐらい、といわれているので、HPVあり:HPVなし=1:4となるので、全体のご夫婦の20%ぐらいは高リスク群ということになります。

これに対して、Aさんは毎回の性交渉相手が異なるので、Aさんのサイコロには「HPVあり」と「HPVなし」の2種類の面があるはずで、性交渉相手を選ぶたびに毎回毎回、HPVありの男性か、HPVなしの男性かが選ばれます。この1つ目のサイコロはHPVあり:HPVなし=1:4になっているので、2つ目のサイコロが同じものであれば、性交渉におけるHPV感染リスクは「高リスク群」に比べて1/5に減ってしまいます。

これに加えて、Aさんのような多人数性交渉が主な場合にはHIVや梅毒など他の性感染症を避けるためにコンドームの使用が一般的であることや、行為前に男性がシャワーを浴びたり男性器を清拭をするなど清浄行動を取ることが多いこともHPV感染リスクを下げる方向に働きますので、2つ目のサイコロの「感染が成立して癌化する」リスクも低くなります。

これに対して、結婚生活での性生活は生殖を前提としているので、コンドームを使用しない場合もあることや、性行為前に清浄行動をとることが少なくHPV感染リスクを下げる行動が少ないために、2つ目のサイコロのリスクは高くなります。

1つ目のサイコロの違いだけではなく、2つ目のサイコロのリスクもBさんの方が高くなるのでトータルでBさんのHPV感染→子宮頸がん発がんリスクはAさんよりもはるかに高くなります。

 

以上が、「結婚がHPV感染の最も高いリスク因子である」ことの説明です。

 

かなり精緻な数学モデルも作って検討してみたこともあるのですが、それでもやはり「結婚」を上回るリスクはありませんでした。

 

さて、では「奥さんが子宮頸がんになったのは夫が他で性交渉をしてHPVに感染してきたから」なのでしょうか?

実はこれも間違っています。HPVは200種類ほどあり、ヒトの皮膚などに常在しているウイルスです。そのうちの14種類ほどが発がんのリスクの高いウイルスですが、発がんウイルスと非発がんウイルスには分布上の差がありません。つまり、発がんウイルスも非発がんウイルスも同様に皮膚に常在しているのです。

男性と女性の大きな行動上の違いは、「男性は排尿時に陰茎を素手で触る」ことです。このために、男性器の表面には手を介して常在細菌やウイルスが分布しています。特に、陰茎の亀頭の下のくびれ、俗に言うカリクビ(亀頭溝)のあたりは包皮に覆われており湿潤しているので、HPVウイルスの排除が困難な場所になります。この他、マスターベーションなどもありますが、特に性交渉の経験がなくても、男性は発がんHPVウイルスの保有者になっていることがあるのです。

 

つまり「処女と童貞の結婚で、婚外交渉など生涯一度も行ったことがない貞淑なカップル」であっても、HPVを原因とする子宮頸がんが発症する可能性があります。このようなカップルであったとしても性生活の中に偶然発がん性HPVウイルスが入り込んでしまうことがあり、その場合の発がんリスクは「多人数性交渉を行うグループ」をはるかに凌ぐほど高くなります。

 

HPVウイルス感染症はワクチンで防げる感染症です。世界的にこれは証明された事実です。

そしてHPVウイルス感染症による発がんの最大のリスクは「結婚」、つまり「固定された相手との性交渉の繰り返し」なのです。決して多人数性交渉が原因の病気ではありません。

 

将来結婚をしてお子さんを生んで幸せなご家庭を作りたい女性の方は、ぜひHPVワクチンを接種してください。

将来自分が愛した女性を守りたい男性の方は、愛する女性を守るために、ぜひHPVワクチンを接種してください。

あなた方のお子さんが、お母さまを失う危険性を少しでも少なくしてあげてください。

 

また、お母さまが子宮頸がんになってしまった方々…あなたのお母さまはきっとお父さまだけを愛していらしたのです。

お父さまに過失があったのではなく、偶然家庭の性生活の中に発がん性HPVウイルスが入り込んでしまっただけ、という可能性が高いのです。

 

最後に…奥さまが子宮頸がんになってしまったご主人さま、奥さまはきっとご主人さまのことだけを愛していらしたのだと思います。

 

どうぞ、みなさんが正しい知識をきちんと理解してくださいますように。

 

 

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